法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ぼくのプリンときみのチョコ』 後藤みわこ著

講談社ジュブナイル小説レーベルから出された、おそらく中高生向けの小説。
一昔前のコバルト文庫で見られたような、性の目覚めにとまどう青少年の物語を、性別入れ替えという古典的な設定で表現……などとまとめるには、少しばかり刺激が強い作品だった。


まずこの作品においては、異なる立場を経験するために男女が入れ替わるわけではない。体の取り替えは、体型のゆるやかな変化でのみ判明する。男女の顔立ちや社会的な立場は変わらない。つまり入れ替わるのは純粋に身体的な性別だけ。性器については描写されないが、「この先」さらに変わるといった台詞から、胸以外は変化していないことが推測される。この点が後々に異様な効果を発揮する……


主人公の松本晴彦は性別が変わらず、入れ替わりは友人の中村志麻子と神谷真樹に起きる。基本的に、性別が変わった者の周囲が葛藤するドラマというわけ。
実際には志麻子の視点も多いが、性別が変わることへのとまどいは少ない。なぜなら志麻子は中学生だが、まだブラジャーもしておらず、痩せぎすの中性的な体型に描写されている。髪型もショート。性別の変更は、ふくらみかけた胸を失うという形で受け止められる。つまり男性になるというよりは、成長から後戻りし、女性的な魅力を失うという形で受け止められる*1
対する真樹は中学一年生時の劇で人魚姫を演じ、それが似合っていたそうだ*2。髪型は中学男子としては長めで、志麻子とほとんど同じ。志麻子以上に中性的な人物像だ。その性別変更は胸のふくらみで描写され、それを最初は偶然で後は積極的にさわろうとする主人公が葛藤を始める……つまり、性別の変更は、少年同士の恋愛関係を生み出すための設定だったのだ。


正直にいって、ジュブナイル小説で普通にボーイズラブが始まるとは思いもしなかった。ヒロインにあたる志麻子が中途から全く男2人とからまなくなることも、ボーイズラブらしさを強調する。
真樹から胸を確かめるようにいわれた主人公は、その柔らかさに手を離すことができなかった。よりによって、せつなげな表情をした真樹と、その胸を真面目な顔でわしづかむ主人公がバストアップになった挿絵までついている。
両方とも性的には完全に男子で、片方の胸がふくらんでいるにすぎない*3。しかも挿絵からは胸のふくらみがはっきりとはわからず、少年同士にしか見えない。


主人公とは別に、真樹の後輩である小牧原もすごい。主人公に自覚をうながし一線をこえさせる立ち位置にあるだけあって、ひっくり返りそうになる発言が次々に飛び出す。
主人公と二度目に対面する場面で、いきなり過剰なほどの好意をあらわにする*4

「みんな、神谷センパイのファンなのに……」

揶揄の意味でなく、「センパイ」とカタカナで表記するあたりが、にくい演出だ。
次に149頁での、真樹の家に来た理由へ回答する描写もすごい。

「(略)それで、いちばん近い小牧原が、おれんちの偵察にきたんだな」
「いちばん近いからってわけじゃ……」
「いちばん心配してるから、かよ」
なにげなく出た晴彦の言葉に、小牧原が爆発的に反応した。

わざわざ次の頁に回答がくるよう調節したのだろう。回答は頁をめくった150頁。

(げ、こいつ、なんで赤くなってんだ?)
晴彦は目を丸くし、小牧原は黙りこんだ。

三度目に小牧原と主人公が会話する200頁は以下のとおり。

「小牧原、おまえさ、そんなに、好きか? いくら美人の人魚姫でも、あいつ、オトコだぜ?」
「関係ないです、性別なんか」
「…………」
「ボクはただ、神谷センパイが好きなんですから」
「…………」
「好き。それだけ……」

念のため、小牧原は神谷真樹が女性化しつつあることを知らない。
続くように小牧原が「猛烈に嫉妬してます。(略)センパイを返してくれないなら、許さないかもしれない」といってきたことを受けて、主人公は201〜202頁で独白する。

晴彦は追えなかった。声もかけなかった。ただ「嫉妬」という言葉に驚いていた。嫉妬されたことに驚いたのじゃない。小牧原の感じているものが、晴彦自身にもわかった――そのことに驚いたのだ。
(だって、小牧原。おまえがマキのことを『好き』っていうたび、おれ、嫉妬してる……猛烈にしてる……)
胸が破れそうだった。

そして両親が旅行に出かけ、自宅で真樹と2人きりになった主人公は207頁で……

「二階、行こ」
かすれた声で、晴彦はいった。
「どうして?」
「床……冷たいじゃん」
床だと何がどう冷たいのか――とは、真樹は尋ねなかった。

読者である私は何が冷たいと主人公がいおうとしたのか、知りたかったような知りたくなかったような。


ともあれ、この後で少年達がどこまで線を踏み越えていくかは、ネタバレでもあるので想像に任せる*5
ちなみに題名にもある「プリン」は女性のふくらんだ胸を比喩したもので、「チョコ」は男性器の勃起*6を作中で主人公達が表現する隠語。
そう、題名は真樹の台詞*7を受けたもの。つまりこの小説が少年同士の恋愛関係を描いていることは題名の時点で示されていたわけだ。


真面目に語ると、性的に未分化な時期でありながら思春期に突入しつつある少年少女の物語であることは確か。
少年期における同性への擬似的恋愛、恋愛を喪失する悲しみ、恋愛の予感なども描かれてはいる。身体の取り替えが、男女の性を確定しつつある成長期にとまどう心を演出しているのもわかる。逆に、ジェンダーやセックスに最後まで登場人物がしばられていることも気にかかる*8
しかし不健康な男子読者*9にとって、ライトなボーイズラブにしか感じられなかったのも正直なところ。人格的に独立した大人の美女が中途半端に登場するあたりも、女性向けらしさを強調する効果しかなかった*10
……いや、びっくりした本当に。

*1:一応、美女の巨乳に目を奪われたり、さわらされたりもするが。

*2:197頁「(略)わかってます、先輩はきれいだから人魚姫の役になった(略)」と後輩の小牧原が語る。

*3:実際、ホルモンバランスの異常で若い男性の胸がふくらむ場合がある。それを利用した推理小説を読んだこともあった。

*4:一度目の出会いはすぐに逃げ出し、長い会話はなかった。

*5:さすがに直後かかってきた電話に邪魔されるのだが、最終的には観覧車に乗って主人公が告白、それを……

*6:熱くしてやると柔らかくなるからだ、などと解説される。

*7:209頁「だから、わかるつもり。その『好き』は、ぼくのプリンがきみのチョコにいわせてるってことは。(略)」

*8:巨乳もただの肉にすぎない、といった指摘はあるのだが、志麻子に対してでしかない。

*9:ボーイズラブと感じたのは、読んでいる側の問題かもしれない、とも思う。これは他の意見を知りたいところ。

*10:思わせぶりに描写されながら、名前も出ないままで思わせぶりに主人公と出会ったりして、きちんと作中現実に回収してくれない。