法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『闇の女王』半村良著

国家への不信感から新たな共同体が生まれつつある日本社会で、東京ジャックなるテロリスト集団による爆破事件が連続する。その裏側では旧家の御曹司による陰謀が進行していた。その旧友の動きを止めるために二人の男が奔走するが……


1979年に出版されたSFファンタジー。しかし明確に架空な科学技術はほとんど登場せず、どちらかといえば社会の変化そのものをSFとして描いた、といったところ。

闇の女王 (集英社文庫)

闇の女王 (集英社文庫)

もとは集英社文庫で出されたエロティックかつ軽妙なサスペンス小説で、現在はKindle化によって手軽に購入することもできる。
せっかくなら古典に流行りの表紙絵をつける流れにのって現代的に改訂すれば、ライトノベルの読者層にもアピールできそうな作品と思えた。
それに御曹司が学生時代に仲間から「姫」と呼ばれ、主人公コンビへ執着する展開から、ボーイズラブの読者層にも興味をいだいてもらえるかもしれない。


物語は、リバタリアニズム作家のアイン・ランドによる小説『肩をすくめるアトラス』*1を思わせる互助会から始まる。しかし主人公コンビが立ちむかうことになるのは、そうした社会利益のための互助会の動きに乗じて、性的な解放を求める闇の互助会である。
社会の不信感に根差したエリートの共同体が、既存秩序との対立のためだけでひとつにまとまるはずがない。似た共同体が乱立し、内部でも対立していくのは現実のアイン・ランドの信奉者も同じ。そこにリアリティが感じられた。


次に、陰謀をはりめぐらす根本的な動機だが、現在の社会観からすると無意味に近い。しかしそれが時代の証言としても意味をもっている……
ネタバレなので、以降は続きを読む方式で。


……これは現在ではライトノベルなどでジャンルを築いている作品群のひとつ。いわゆる「TSF」というテーマの作品だ。
爆破された場所のひとつ、整形病院こそが黒幕の隠したい情報がある場所で、東京ジャックはそのために活動していた。それはつまり「姫」が「闇の女王」となるため、性転換手術を受けたことを隠すためだった。そして美女となった御曹司は、主人公コンビのひとりに秘めていた思慕をぶつけて、組織の力を使ってまで性的関係におよぶ……
もし現在の作品ならば、ただ性転換の事実を隠すためだけではない動機のひとひねりがほしいところだ。それが逆に当時の社会観を感じさせる。
法制度だけでなく一般社会の理解もえられていない時代。性転換手術が優生保護法違反で有罪となったブルーボーイ事件も記憶に新しく、作中でも言及される。もちろん、きちんと作者が当時なり*2に調べたのだろう、主人公のひとりは性転換一般への偏見を生まないよう、ていねいに医学的な知見と社会の認識の重要性をうったえている。
現在であれば、手術すれば戸籍も変えられるし、外国への移住なども視野に入れられる。旧家の大富豪とはいえ隠遁した青年が性転換しても誰も気にとめないだろうし、正体を明かして関係を持とうとするクライマックスからすると隠す必要があったのか疑わしい。


もっとも、あまり作者がミステリ的な驚きをねらっていないのか、主人公コンビは「姫」の性転換願望を察しているし、そこから連続爆破の真意にもすぐ見当をつけている。
頁の薄い小説ということもあり、せっかく「闇の女王」が構築した性的解放組織も、ちょっと主人公が不和の種をまいた*3だけで瓦解していった。
どうせなら「闇の女王」とその組織が社会をさらなる混乱と解放に導く展開を見たかったし、組織の瓦解後も「闇の女王」が逃げのびて再起をはかる続編なども見てみたかった。


……などと考えていて思い出したのが、1995年にソノラマ文庫から出ていたジュブナイルSF『特殊工作員アンジェラ(3) 美しき不和の女神』だ。

特殊工作員アンジェラ(3) 美しき不和の女神

特殊工作員アンジェラ(3) 美しき不和の女神

近未来で過激派フェミニズム団体をひきいる美女。社会的な陰謀をはりめぐらせながら、主人公の男女コンビへ興味をもって接触したりする。美女の正体は早めに明かして、社会を紊乱するさまに頁数をさく。残念ながらシリーズはここで打ち切りになったが、結末では美女の再登場を予感させている。
作者は意識したのかそれとも無意識か、現代的に発展させた作品と思って読み比べると面白い。せっかくイラストをさしかえた新装版が会員読み放題なことだし。

*1:私自身は未読で、さまざまな紹介で概略のみ知っている。アイン・ランドの再発明かな? - 法華狼の日記

*2:性転換者が必ず異性を愛するかのような、性自認と性指向を混同した誤認などもある。

*3:ダブルミーニング