法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『シンデレラウミウシの彼女』如月かずさ著

雌雄同体のシンデレラウミウシを水族館で見た思い出をもつ、幼馴染の中学生男子ふたり。
ある日、なぜか一方の肉体が女性に変わってしまう。周囲の記録も記憶もすべて最初から女子であったかのように改変され、男子であったことの証はふたりの記憶のみ。
性別の変わった幼馴染を助けようとしながら、主人公は苦悩する。なぜなら主人公は同性だった時から、ずっと幼馴染に恋をしていたのだ。


YA!ENTERTAINMENTレーベルの作品らしく、ジュブナイルヤングアダルトの中間くらい。児童文学でよくある、未分化な性のゆらぎを性転換で表現した物語のひとつだ*1
この作品が独特なのは、主人公自身の性別が変化するのではなく、性別が変化する同性を気にかける側が主人公だということ。幼馴染が順応しようと努力することで、問題に直面するのも主人公だけ。自身の肉体変化にとまどうのではなく、第二次性徴していく知人との距離感にとまどう展開となる。
変化した肉体を直接にたしかめる場面はなく、長くなった髪だけが象徴的にあつかわれ、社会的な性差という題材が浮かびあがる。性別変化を他人事のように喜んでいいのか葛藤したり、逆に幼馴染の隠された心情に思いをはせたり、なかなか児童文学らしい心の動きが楽しめた。
恋愛対象として異性の肉体が望ましいということが前提の物語なので、あまり同性愛という側面は強調されないが、否定や嫌悪や嘲笑はしないので安心できる。


なお、性別改変の原因はファンタジーで、それにからんだ記憶操作もあるので、厳密な謎解きはできない。
しかし性別改変の原因が明らかになる中盤、主人公の記憶もゆらいでいることが明かされた時は、なかなか面白い驚きが味わえた。ちりばめられていた出来事がそこからつながっていき、無駄なく物語がまとまっていく。
主人公と幼馴染の関係だけで終わらず、別の男女関係がさしはさまれ、人々の関係性が重層的に深められながら、複雑すぎない。少しの痛みをおぼえつつ、あくまで前向きに、開かれた未来へ向かう結末が誠実だった。

*1:作品例は、こちらのブログでまとめられている。http://d.hatena.ne.jp/yamada5/20110826/p1