法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

ノーベル平和賞に推薦されたという件で、トランプ大統領と安倍首相のどちらが信用できるかという悩み

ただし同じ信用といっても、その局面は異なる。
米国の大統領は発言が信用できるかどうか。日本の首相はそのような行動を安易にとるかどうか。
www3.nhk.or.jp

15日、ホワイトハウスで行った記者会見で、2回目の米朝首脳会談に関する質問に答えた際、「日本の安倍総理大臣からは、彼がノーベル委員会に送ったというすばらしい書簡の写しをいただいた。日本を代表して私をノーベル平和賞に推薦したと話してくれたので、私は『ありがとう』と伝えた」と述べて、安倍総理大臣からノーベル平和賞に推薦されたと明らかにしました。

もっとも、仮にトランプ大統領が会見で虚言をろうしたのだとして、それを日本側から否定できるのかという問題もある。

ワシントンの日本大使館は「トランプ大統領の発言は承知しているが、両首脳間のやり取りについてはコメントは差し控える。アメリカとの間では拉致、核・ミサイルといった諸懸案の包括的な解決に向けて政策を綿密にすり合わせており、引き続き緊密に連携していく」と話しています。

日本大使館はコメントをひかえると表明したようだが、もし安倍晋三氏へ国会等で質問がおこなわれてもコメントしない態度を選ぶだろうか。逆に、そのような書簡を送ったと明確に答弁したとしても、米国へ追従するために嘘をついたのではなく、実際にそのような書簡を送ったのだと信用できるだろうか。
また、これがもしロシアの大統領の発言であれば、あるいは韓国の大統領の発言であれば、やはりコメントをひかえただろうか。現在までの安倍政権の状況への対処から想像するならば、前者であればやはりコメントをひかえただろうし*1、後者ならば事実であろうとなかろうと即座に否定するコメントを出すのではないか、という印象がある。

*1:たとえば以前には強硬に教科書へ記述させた北方領土を、自身では「固有の領土」と呼べなくなる事態になっている。はてなブックマーク - 北方四島は固有領土か 「答え差し控える」 政府答弁書 | NHKニュース

はてなブログProにようやく登録

googleアドセンスの審査が2週間かけてようやく通ったので、あわせてはてなブログ側の広告を非表示化した。
最初はただ登録するだけでいいとかんちがいしていたが、わざわざ詳細設定しなければならないのが地味にめんどうくさい。
原因がわからないこととして、貼った記憶のない広告がブログのあちこちにランダムで表示される。自動広告というものがかかわっているらしいが、何をどう直せばいいのか、よくわからない*1


ついでに、余白が大きすぎたため、余白が少なくシンプルなデザインテーマを探して、サイドバーの位置を変えるなどした。
文章の読みやすさは格段にあがった気はするが、行頭一字下げがおこなわれないので、はてなダイアリー時代とは印象が異なる。

*1:追記。どうやらタイトル下に広告が自動で表示されるコードを実験的にはりつけてみたものの、審査がとおるまで空白表示すらされなかったため、それを忘れたまま急に表示されて驚いた、という情けない真相だったようだ。

『相棒 Season17』第15話 99%の女

かつて機密情報を売ったとして有罪になった女性、遠山千鶴が元上司を殺した容疑者となる。かつて遠山を検察官として有罪にした倉田が、今度は弁護士として弁護を担当することになるが……


2016年に放映されたエピソード*1で印象的な検察官が、今度はヤメ検弁護士として再登場。現実のヤメ検はメディアにおいて警察や検察の代弁者のようにふるまうことが多いが、検察官時代でも独特の立ち位置にあった倉田は今度も自分なりの正義をつらぬこうとして弱者によりそう。
トリックは最新技術だよりではあるが、そういう技術を持ってそうな企業の補助金詐欺が事件にかかわっているという伏線はあるし、そのトリックが用いられるシチュエーションが限定されているので、ミステリとして成立はしている。
ただ、物語構成はいつものパターンそのままで、少し古い時事ネタも表面をなでるよう。良くも悪くも2時間サスペンスを1時間に凝縮したような作りだった。

反自虐史観として司馬史観が利用された時代も遠くなりにけり

少し前、truetomb氏による下記ツイートを見かけて、いささか驚くと同時に感慨深く思った。


司馬史観」って司馬遼の小説を史実だと思ってる人をバカにするときに使う言葉だと思っていたけど、崇めるときにも「司馬史観」って言うのか。

歴史修正主義」と同じように、自称が蔑称に転化しただけでなく、もともと自称であったことすら一般には忘れられていたわけだ。


かつて、新しい歴史教科書をつくる会と、その源流となった自由主義史観研究会は、司馬遼太郎作品の歴史認識を現実にとりこもうとしていた。司馬作品の明治観を批判する斎藤美奈子氏の記事を紹介しよう。
【第94回】明治150年にあたり、「司馬史観」を検証する|世の中ラボ|斎藤 美奈子|webちくま

私は忘れない。歴史修正主義の発火点ともいうべき藤岡信勝自由主義史観研究会『教科書が教えない歴史』が〈私たちの考えでは亡くなった司馬遼太郎さんの「司馬史観」も自由主義史観と同じ立場にあります〉と巻頭言で述べていたことを。

自称的に用いている実例として、ちょうど保守派に転向した時期の藤岡信勝氏が、そのまま司馬史観を賞揚するタイトルで授業改革案を編集している。


それでも上記ツイートだけならば一個人の認識にとどまるが、能川元一氏による下記ツイートには、新鮮な味わいがある。

よりによって、新しい歴史教科書をつくる会の公式アカウントが、史実よりの立場から司馬遼太郎作品の虚構ぶりを指摘している。


坂本龍馬亀山社中発足に立ち会っていない ・高杉晋作徳川家茂に「いよぉ征夷大将軍」と声をかけていない ・ドイツ軍人メッケルは関ヶ原布陣図を見て「西軍の勝ち」とは言っていない ・乃木希典への一面的な評価 などなど。 少しはご自身でも調べられたらどうかと思います。

反論されているnonbiriking氏のツイートへさかのぼると、作品映画化の報を受けて、つくる会アカウントが反応していたこともわかる。


こういうのは具体的に言って頂きたい。坂の上の雲ひとつとってもそうだが、明治=暗黒時代かのような史観全盛の時代に一石を投じたのは間違いなく司馬遼太郎。国民に歴史への関心を呼び起こすには貴会の百倍役立っていると思いますが。司馬のおかげで迷惑を被っていると言わんばかりの態度はどうかと。



『峠』に続いて『燃えよ剣』の映画化も決まり、平成の終わりとともに司馬遼太郎ブームが来てるのでしょうか?
司馬氏の小説の内容の全てを史実のように信じこんでいる方は未だ少なくなく、その国民への影響力は歴史教科書に関わる中で大きな壁のように感じることもあります。
司馬氏の存命時から比べ、歴史研究は進展しているわけですから、映画化に当たっては原作の魅力を生かしつつも最新の研究成果が一定程度反映されると良いなと思います。

念のため、司馬作品における明治像の明るさは、あくまで昭和の暗さをきわだたせて批判する演出であった*1。それゆえ戦前戦中の全体を美化しようとする自由主義史観といずれ衝突することは当時から予想されていた。
しかし、いくら内部対立をくりかえして教科書保守化運動においても傍流になったとはいえ、つくる会司馬史観を大きな壁と表現するようになるとは思わなかった。こうして歴史は「修正」されていくのだろうか。

*1:ノンフィクション的なエッセイ等で見せた現実の歴史認識の話はわきにおく。

『ドラえもん』初期の藤子スタジオについて、えびはら武司氏の証言

東洋経済オンラインに『ドラえもん』を主軸としたインタビュー記事が掲載されていた。
toyokeizai.net
記事タイトルにある「黒歴史」となった日テレ版アニメは、すでに多くの先行研究があるし、直接のタッチはしていない原作サイドの証言なので目新しい情報はない。
同名の子供がいじめられないようにジャイ子の本名を出さなかったように、ジャイアンももともとは本名を出さない方針だったことと、読者から質問されたためにえびはら武司氏が決めたというのが新証言か。

ストーリーに直接関係ない属性は、勝手にやってという感じ。「ジャイアン」の本名「タケシ」も僕の名前。最初ジャイアンジャイアンで通してた。名前をつけて同名の子がいじめられたらかわいそうだから、と。でもそのうち、「何でジャイアンだけ名前がないんですか?」って子供たちから投書が来た。それで急きょ、隣で手伝ってた僕の名前と誕生日が使われました。


さらに興味深いのが、まだ「藤子不二雄」という合作名義を用いつつ、実際はまったく別個に漫画を描いていたころのスタジオの光景だ。

雑誌の写真なんかで2人並んで写ってるけど、それはそのときだけ安孫子先生が隣室からやってきて、あたかも「いつも2人一緒です」ふうのポーズを取って、取材が終わればサッサと引き揚げていく。何かトラブルがあって2人で相談してたりすると、一ファンだった僕にはすごく貴重な光景で、見ててウキウキしたものです。

ドラえもん』の時代はすでに完全に独立して仕事をしていたと知られていたが、そこでコンビとしての行動は対外的な姿だけかと思いきや、何らかの相談はおこなっていたらしいことがわかる。
ドラえもん』初期の正式なアシスタントはえびはら武司氏ひとりだけだったらしいが、同じスタジオで漫画を制作していたためアシスタントを融通しあっていたという証言も興味深い。

藤子スタジオのアシスタントは7〜8人で、藤本先生にはもともと先生のファンだった僕1人、ほかは全員安孫子先生についていた。藤本先生が超マジメで寡黙なのに対し、安孫子先生は社交的で話しやすいというのもあったかな。

一方の人手が足りないと、アシスタントはそちらへ手伝いに回るので、そうとう忙しかったのは事実です。10代最後の2年間、僕ももう無我夢中でした。連日徹夜とか残業月200時間、300時間は当たり前。今ならブラックですね(笑)。その分、たぶん業界一の好待遇で、残業代に夜食代、少し多めの深夜手当がついて、当時大卒サラリーマンの初任給より高かった。

この証言のかぎりでは過重労働の問題を感じざるをえないが、別個の仕事をしている漫画家が同じスタジオをもってアシスタントを共有する体制を構築すれば、漫画家個人がかかえる負担やアシスタント業の不安定性が解消されるのでは、などということを感じた。