法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

どうしてあなたがたは過労死社員について経営者目線で語ってしまうのか

「いわゆるキャリア官僚です。子あり。※ ツイートは個人の感想です」というプロフィールの「かすまないかすみちゃん@ZGW26s4ic4Nf」氏が、下記のようにツイートしていた。

現時点で一万以上の「いいね」がついており、実際はタブーではないことがよくわかる。
もちろん批判で少なからず指摘されているように、一般論としては、キャリア官僚の多くとと比べて、デモで抗議の声をあげるしかない人々が「弱者」だろう。
[B! 行政] かすまないかすみちゃん on Twitter: "この話題タブーかもだけどあえて言う。 霞が関官庁街でデモやってる、街宣してる。表現の自由。それは分かる。 でも執務室まで響き渡る音量で叫んだり「○○省!人殺し!」とか言ってたりして、業務に支障出るし私達も人間なので普通に傷付くんだ… https://t.co/qtJLcXQc50"


そして、もし「○○省!人殺し!」という叫びの対象が財務省であれば、公文書改竄をしいられた苦痛から自殺に追いこまれたと思われる人物が実際にいる。
www.asahi.com
たとえばワタミ電通の労働問題を抗議するデモから「人殺し」という叫び声があがった時、それを本社で聞いている社員はどちらに立っているのか。殺す側か、殺される側か。
www.itmedia.co.jp
www.asahi.com
もしも亡くなった同僚に共感せず、制度の共犯者という負い目だけ感じている社員ば、傷つくかもしれない。キャリア官僚の強要で死を選ばされたノンキャリア官僚は、他のキャリア官僚から見れば他人事なのかもしれない。
しかし他人事のように思ってはならないと、少し考えて気づくことはできないのか。思い出すことはできないのか。

ハーバード大学の経済学者ラムザイヤー氏を差別的と批判する記事に「社会学自体が、差別を生産する側の学問(の皮を被った何か)だから」というコメントがつく謎

先日から天然ソーカル事件*1のような意味で話題になっているJ・マーク・ラムザイヤー氏が、ついに日本の新聞から批判的にとりあげられた。
www.okinawatimes.co.jp
話題になった慰安所制度の査読論文で「余命三年」*2や「桜井誠」から引用している*3と知った時も驚いたが、今回の記事によると沖縄についての論文で渡邉哲也氏と惠隆之介氏の共著から引用しているという。

 論文は例えば「本土の大半が飢餓を辛うじて免れていた終戦直後、米軍は沖縄の人々には気前よく大量の牛肉など食料を配布した」と記述する。実際には沖縄の収容所では栄養失調で亡くなる人が続出した。

 この記述の引用元は「沖縄を本当に愛してくれるのなら県民にエサを与えないでください」(渡邉哲也氏、惠隆之介氏著)という対談本だ。ラムザイヤー氏はこの本をたびたび引用しながら参考文献に含めず、沖縄差別があらわな書名を明示しなかった。恣意(しい)的な引用はほかにも多く、研究倫理上の問題がある。

出典を明確にしない研究倫理の問題は記事で批判されているとおりだし、そもそも渡邉氏といえば保守速報などを情報源にしてデマを流すような経済評論家だ*4


はてなブックマークでは初報*5もふくめてラムザイヤー氏を批判するコメントがもちろん多い。
[B! history] 学問の装いで差別強化 米名門大学教授、恣意的な引用 県民の尊厳を攻撃 | 沖縄タイムス+プラス プレミアム | 沖縄タイムス+プラス
しかしひとりid:preciar氏が困惑するしかないコメントをつけていた*6

元々社会学自体が、差別を生産する側の学問(の皮を被った何か)だからな。日本の社会学者見りゃ解るだろ?

少なくとも記事の無料範囲を見たかぎり、社会学という単語すら存在しない。
初報でも「専門は会社法などで、ハーバード大法科大学院での職名は「三菱日本法学教授」」と明記され、ラムザイヤー氏が社会学の研究者と誤認するような記述は見あたらない。
いったい社会学を何だと思っているのか。

*1:意図的にデタラメな論文で査読をくぐりぬけたソーカル事件と違って、さすがにラムザイヤー氏が経済学の査読の問題をあばこうとしたわけではあるまい。

*2:hokke-ookami.hatenablog.com

*3:

*4:hokke-ookami.hatenablog.com hokke-ookami.hatenablog.com

*5:www.okinawatimes.co.jp

*6:id:gui1氏がはてなスターを無言でつけている。

『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』

皇帝パルパティーンが復活した。ただのガラクタ集めの子供だったはずのレイは、やがて対立する存在としてパルパティーンに捨てられた娘だった。
一方、ひびわれた心をおぎなうように修復したマスクをつけたカイロ・レンは周囲に距離をとられながら、レイとの対決に執着していたが……


ジョージ・ルーカスが離れたシリーズ新三部作で、2019年に公開された完結編。金曜ロードショーの地上波初放送で視聴した。
kinro.ntv.co.jp
しかし本編ノーカットとは思えないほどストーリーがぶつぎりで、少ないCMを録画で飛ばしながら見ても、まったく内容に没入することができなかった。
よく指摘されるように、エピソード8の不評におそれをなして、ファンに媚びようと修正しすぎて新味がなくなったのが原因だろう。しかも軌道修正のためコンセプトの一貫性も壊れてしまった。
破綻寸前に個性たっぷりな途中の展開を、ただ無駄な脇道として切り捨てたあげく、出発点よりも後退してかたちだけまとめる……これはリレー小説で一番つまらないパターンだ。


エピソード7はドラマとしてシリーズの定番をまとめつつ、全体の人物設定を現代的にして、そこでカイロ・レンという面白キャラクターも生みだした。
hokke-ookami.hatenablog.com
エピソード8は7の延長として出自に関係なく行動できる人々を描き、英雄的な決断よりも耐えることで活路を見いだそうとするコンセプトに一貫性があった。
hokke-ookami.hatenablog.com
エピソード9には明確なコンセプトがない。群像劇というにも個々の思想と行動が分裂しすぎていて、ひとつひとつのドラマを広げないまますぐ終わる。


まず、7も8もひょうひょうとしていたレイが混迷するドラマにのれなかった。誰ともつながらない自問自答を幻影にさとされて解決する展開も、いくら超常設定の作品だとしても説得力がない。
特別な出自もなく超常能力をもったレイの血統について、悪の皇帝という意外性のない真相を後づけしたのも残念。同じ超常の血統でも良き面と悪しき面が出ることは旧シリーズのダースベイダーで描ききっている。
たとえば最終決戦に大挙して登場する名も無き民間人のなかにレイの両親の知人がいて、普通で平凡でしかし善良な人だったとつたえる……みたいな展開で良かったのに。
最初にレイを捨てようとしたり、都合良く跡継ぎにしようとしたり、自分が復活する糧として消費したりと、パルパティーンの多重な毒親ぶりだけは少し良かったが……


レイの葛藤に尺をとられたため、冒険に同行するフィンやポーの物語も薄くなった。レイの悩みを描くにしても、今となりにいる仲間にも目をむけさせるべきだったのではないか。
女性陣はもっとひどくて、ローズはほぼ完全な脇役になり、ポーと旧知の運び屋ゾーリは類型的なツンデレを一歩も出ない。女性脱走兵ジャナも戦闘で活躍するが戦友くらいの位置づけ。
レイアの途中退場だけは俳優の死去を思えばしかたないが、加点にはならない。そもそも世代交代を描くなら、せっかく死なせた前世代ジェダイをドラマの要点に出すべきではない。結末にレイが自分の名字を選ぶ場面にいたっては、『ゴジラVSビオランテ』の沢口靖子かと思った。
良かったのは、マスクをひび割れた姿でつかうほど中二病が悪化したカイロ・レンくらい。しかし中途退場してしまい、個性的な暗殺集団との戦いも省略気味ですまされた*1。敵組織にカイロ・レンを邪魔する幹部を出すなら、カイロ・レンの坊ちゃんぶりにほだされて後半に組織を抜ける部下が出ても良かったと思う。


映像作品としてビジュアルの面白味が感じられないところも痛い。さすがにVFXはそつなくハイクオリティだが、どこかで見たような映像ばかりつづき、そのひとつひとつが短い。
特にひどいのが敵のスケール感。その不明確さはずっと新三部作に感じていたが、物理的な巨大兵器をいきなり多数登場させられると、脅威よりも設定への疑問ばかり気にかかる。
その活躍も、ただ量産されて登場して倒されるだけでは、設定倒れの背景でしかない。最終決戦でパルパティーンという個人の超常能力が戦場全体におよぶ情景も、スケールを小さく感じさせた。
その巨大戦艦上を生身の馬で駆けぬけたり、縦に墜落する巨大戦艦から逃れる場面は良かったが、短く終わるので楽しめない。しかも大量生産された兵器を攻略するには見るからに非効率で無力だ。


せめて宗教的な敵本拠地の設定を拡張して、物理的な攻撃手段ではなく、精神攻撃を増大させる装置にすればどうだったろう*2
全宇宙のフォースをもつ者を暗黒面へひきずりこもうとするパルパティーンと、あらゆる者が帝国の尖兵になりかねない実例の一般人レイ、そして誘惑を身近で受けながら良心を捨てきれなかったカイロ・レン……という構図の最終決戦になる。
これならば、宇宙全体の多様な民間人がパルパティーンのもとに集まって、しかし抵抗をはじめるクライマックスも、より感動的になるのではないか。
敵本拠地を守る巨大戦艦ひとつが相手なら、魅力的な騎馬戦もたっぷり描けるだろうし、墜落場所が無人か気にかかることもない。


あと、新型コロナ禍がなければ、今ごろオマージュ作品『ドラえもん のび太の宇宙小戦争』のリメイク映画が公開されて見比べることができただろうに、という残念さがあった。こればかりは映画関係者の責任ではないが*3

*1:活躍しそうな敵をあっさり倒して終わるのはシリーズの通例だとは思うが。

*2:機動戦士Vガンダム』等の先例があるが、ひとつふたつではないので盗作とはなるまい。

*3:集中的な対応をした国家のいくつかは、再感染の予兆がないかぎりは普通に国内の経済活動をできているところを見ると、誰の責任でもないという表現はつかいづらい。そもそも政府は原則として天災もふくめてあらゆる責任を負うべき立場であるし。

首相をやめた安倍晋三氏が、産業遺産情報センターの用意したブーメランを脳天に刺していた件

明治日本の産業革命遺産」が世界遺産に選ばれた時、強制労働などの問題も紹介する条件がつけられていた。
しかし日本側はきちんと約束を守るどころか、むしろ歴史的な問題を否認する方向へ力を入れている。
www.kinyobi.co.jp
同時代の日本国内でも問題になった炭鉱労働の過酷さについても、韓国からのいわれなき中傷であるかのように反発している。


世界遺産への選出を推進した安倍晋三氏も、当然のように問題性を否認する方向に動いている。
一例として、体調不良を理由に首相を辞めた直後の2020年10月、軍艦島と呼ばれた端島炭鉱の生活についてツイートしていた。

産業遺産情報センターの説明は歴史を知るには不足があることを、はからずも証明しているツイートだ。
驚くべきことにツイートには賛同するリプライばかりならんでいるが、はてなブックマーク等では造船所の給料ときちんと批判されている。
[B! ウヨ稚化] 安倍晋三 on Twitter: "鄭新発さんに感謝したいとおもいます。当時の彼らの労働に対する待遇が本当はどう であったかを物語る貴重な資料です。 いわれなき中傷への反撃はファクトを示す事が一番でしょう。 コロナ禍の中、入場者数が制限されていますが、是非多くの方に… https://t.co/Ogo1HUkUiR"
安倍氏や支持者はツイートの写真すら見えていないのだ。さすがに文章が読めないわけではなく、否認したい欲望が目をくもらせているのだろう。
この問題は雑誌『週刊金曜日』2020年12月18号の特集でも、哲学者の能川元一氏が端的に批判していた*1

週刊金曜日 2020年12/18号 [雑誌]

週刊金曜日 2020年12/18号 [雑誌]

たしかに長崎造船所も明治日本の産業革命遺産に入っている。しかし給料袋ひとつが徴用工全体の、それも「端島での生活」の証明になるはずがない。


強制連行された朝鮮人の証言でも、炭鉱と造船所の生活は違っていたというものがある。
2010年出版の林えいだい*2『〈写真記録〉筑豊軍艦島 朝鮮人強制連行、その後』を読むと、被爆者でもある徐正雨*3証言で状況の一端がうかがえる。

〈写真記録〉筑豊・軍艦島―朝鮮人強制連行、その後

〈写真記録〉筑豊・軍艦島―朝鮮人強制連行、その後

  • 作者:林 えいだい
  • 発売日: 2010/04/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

坑内事故の増加や外勤労務係の暴力に対して、労働者はサボタージュなどの反抗をはじめた。朝鮮人坑夫は船をのっとって朝鮮に帰ることまで考えた*4
労務係は造船所への配置転換をつげた。徐証言では島からの脱走者が多かったためと推測されている。そして軍艦を建造していた三菱造船所へうつった*5

 徐が幸町寮に収容されて驚いたのは、白米の飯が出され、夕食には鯨肉とか鶏が付くことだった。野菜も結構あって、味噌汁は海水ではなくて、野菜入りの普通の味噌汁だった。
 端島炭鉱の朝鮮人寮の食事は粗末で、栄養失調で廃人のような姿になっていたが、造船所は待遇がよくて、日に日に体力が回復してきた。同じ三菱の会社でありながら炭鉱と造船所ではこんなに差があるのかと驚いたという。海軍の軍需工場のせいではないか、と徐は説明する。

もちろん軍需工場であるため監視はきびしく、朝鮮人ふたりの立ち話や、休日の外出も禁じられていたという。体罰もきびしく、労働もやはりつらいところはあったという。しかし事故の危険はなくなり、食事が満たされたという大きな違いはあった。
この徐証言は、意に反する強制であれば反抗したはずという主張へのひとつの反証でもある。圧力のなかで抵抗した人々もいたし、それで改善を勝ちとった場合もあったが、状況すべてをくつがえせない力関係があった、というわけだ。
また、ひとくちに労働を強制されたといっても、たとえ同一人物であっても、現場によって状況のきびしさに違いがあった証言でもある。比較的に穏健な現場でのみ労働した徴用工がいた可能性はあり、ただしそれはより過酷な現場があったことの反証にはならない。


もっとも、ここまでは用意された別環境の資料を、安倍氏が過酷さの反証につかおうとした問題でしかない。
この出来事がいわゆる「ブーメラン」*6になるのは、半裸での過酷な採掘作業を産業遺産情報センターが否認する理屈と衝突するためだ。
hokke-ookami.hatenablog.com
たとえば狭い場所にフンドシ姿で寝そべり採掘する写真は、朝鮮人徴用工でこそなかったが、同じ九州にある筑豊の炭鉱で撮影された写真だった。

1960年ごろの日本人の写真が朝鮮人の強制労働イメージとしてつかわれていた逸話も指摘されている。しかし炭鉱の現場写真だったことは事実だった。

もともと韓国では「炭鉱の中を上半身裸で寝そべって作業させられる徴用工」という有名な写真があり、日本の韓国人徴用工に対する非人道的な扱いを象徴するものとして広く知られていた。
ところが産業遺産国民会議の調査で、この写真は昭和30年代に筑豊で撮られたもので、韓国人徴用工とは全く無関係であると判明している。

十年以上前、植民地出身で差別されていた作業員が、写真よりも安全な労働環境にあったとは一般的に考えにくい。軍艦島筑豊の労働環境が異なる可能性を考慮しても、そもそも朝鮮人徴用工は筑豊炭鉱にもいた。

時代と場所が近い炭鉱の過酷な状況をしめす写真をつかってはならないなら、炭鉱ですらない造船所の給料袋ひとつが軍艦島の弁護につかえるはずもない。
半世紀以上前のNHK短編ドキュメンタリ『緑なき島』にも、軍艦島の坑内ではいずり移動する映像がある。
b.hatena.ne.jp
それを産業遺産情報センターは再現映像もしくは別の炭鉱と主張しているが、ならばなぜ誤解をまねくように造船所の給料袋を展示していたのか。


そもそも前掲書によれば、同じ軍艦島内でも採掘現場によって過酷さに違いがあったと証言されている。その劉喜亘証言を引用しよう*7

最初の日は坑内見学ということだった。採炭現場の切羽では、朝鮮人坑夫たちがコマねずみのように働いていた。炭塵で真っ黒に汚れた体に汗が流れて縞模様ができていた。炭層に沿ってカッターで切った後を、ピックで削り落としていた。
 ところがその翌日、吉田飯場が請負った切羽に行って劉は驚いた。二尺層といわれる炭層は約六〇センチ、短い柄の鶴嘴で寝掘りする場所だった。キャップランプのコードが首と足に巻きつき、頭が天井の岩盤に当たった。一〇分採炭しただけで、下半身がしびれた。
 端島炭鉱は海底炭坑で、上層の上に上八尺がある。そこは海面に一番近く水の層とも呼んだ。炭層が薄い上に、海水が雨だれのように落ちてきた。日本人坑夫が最も嫌う切羽で、そこを吉田飯場が請負っていた。

ちなみに証言者は、三一独立運動の学習会に参加したり、京都大学を出ている被差別部落出身の日本人から講義を受けていた。軍艦島には朝鮮人労働者を解放する意図で、「英雄気取り」で乗りこんだという*8
しかし釣り人に偽装した監視などがきびしくて、結局は仲間の朝鮮人三人だけで逃げることになった。途中参加した日本人坑夫二人をくわえて近くの中ノ島へ泳ぎ、そこでイカダをつくって長崎半島へたどりついたという*9
これもまた、強制労働への抵抗があったことや、その限界をあらわす証言といえるだろう。くわえて過酷さを感じる日本人もいたこと、抵抗に協力する日本人もいた歴史がつたわってくる。

*1:23頁。

*2:親戚が朝鮮半島の植民地統治をになっていたノンフィクション作家。強制労働の証言などを集めていたため、世界遺産化にともない徴用工の美化がつづく近年になって攻撃を受けるようになった。日本語版Wikipediaでは、2020年11月18日にIPアドレス編集者「42.124.253.62」が「窃盗容疑者。」という記述をいきなり追加し、すぐに自身で削除。同日にIPアドレス編集者「180.15.1.101」が「軍医が撮影した写真を明確な許可無く持ち出し利用した過去をもつ。これは現在も未解決。」という記述を、やはりノートの議論や出典もなく追加。その後にふたりほど細部を編集しているが、出典のない記述は現在も残されている。 「林えいだい」の変更履歴 - Wikipedia

*3:この書籍では「ソジヨウ」とフリガナがふられているが、現在は「ソジョンウ」の表記が一般か。 www.asahi.com

*4:196頁

*5:199頁。

*6:エントリタイトルの表現は、安倍氏自身が国会でもちいた言葉を意識している。 b.hatena.ne.jp

*7:185頁

*8:184頁。

*9:188頁。

『相棒 Season19』第17話 右京の眼鏡

新居から向かいのマンションを見ていた青木は、入居者のひとりが一度も外出しないことに不審をいだく。そこで特命係に監禁事件ではないかと主張するが……
一方、一家は殺人事件の容疑者をつかまえられないでいた。高級眼鏡メーカーの女性社長が三ヶ月前に心臓マヒで倒れ、代理をしていた女性専務が撲殺された事件だ。
目撃者である社長の次男によると、現場で長男が金庫を開けていたという。その次男は何か野心に燃えているらしいが……


神森万里江脚本。ヒッチコック監督の映画『裏窓』を思い出させる導入から、杉下右京の眼鏡愛好が爆発する物語がはじまる。
ロンドンの眼鏡技術について語ったり、杉下がいつもかけている眼鏡もロンドン時代にオーダーメイドしたものだと明かされたり。
職人にオーダーメイドをたのんで、測定のために3DCGスキャンで再現された杉下の顔面が動く映像なども地味に楽しい。


青木の感じた不審については調査にむかってすぐ真相が判明するし、もうひとつの眼鏡メーカー事件と関係していることはあからさまだが、そこで明らかになる経緯と構図が意外と良かった。
まず眼鏡メーカー事件を報じる雑誌を監禁者がよく読みこみながら買わなかった謎。事件の情報が気になって読みこんでいるなら買えばいい。アパートに即金で入居したなら資金不足とも考えにくい。その真相は、逆に事件の情報を監禁対象から遮断するためだった。
そして次男と長女が母親である社長を監禁したのは、まだ心臓に負担をかかえた母親を事件の取材攻勢などから守るため*1。また別の映画『グッバイ、レーニン!』を思わせる状況が楽しい。別室に隔離されている社長が杉下に声をかけたことにも、隠しごとに気づいていて外部と接触しようとした社長の真意が隠されていた。


殺害の瞬間を目撃していたわけではないので、長男が真犯人ではないとは予想できる。瞬間を目撃したと主張しないことから、逆に次男も真犯人ではないだろうと推測できる。
しかし逃走していた長男の真意と、隠れていた場所に少しひねりが入っていて、いろいろな意味で真犯人とすれ違う構図になっていることも悪くなかった。
今期で何度か不自然さを感じた鑑識の見落としも、今回はまぎれこんだサイズも場所も理解できる部類。
そもそも動機が完全なかんちがいという真相のマヌケさに目をつぶれば、謎解き刑事ドラマとして標準的によくできた回だったと思う。

*1:新型コロナ禍で撮影が制限され、取材攻勢を描写できない状況を逆用したのかもしれない。そう思えば、人間関係の設定を序盤にホワイトボードで説明しただけだったのも、理解しづらく記憶しづらいが許せる。