発端は、いわゆるなろう系アニメの性的描写が不快という感想に対して、そうしたアニメは必ず性的な魅力をキャラクターで表現するべき男性向けや女性向けコンテンツであるという発想から「フモト@SFumoto」氏が長々と語ったことだった。
>(要約)なろうのアニメの女性キャラの露出が不快男性向け・女性向けのコンテンツが、それぞれのユーザーが求める性的な魅力をキャラクターで表現するのは、ごく自然なことです。
添付画像は、Amazonで販売されている女性向け・全年齢対象のBL作品の表紙です(特定の作品を批判する意図はないため、モザイクをかけています)。男性キャラクターが上半身の服をはだけ、ほぼ裸に近い艶めかしい姿で描かれています。このような表現は、女性向けBL作品では決して珍しいものではありません。
また、コミックに限らず、「anan」などの雑誌でも、男性モデルが上半身を露出し、挑発的なポーズを取った表紙は珍しくありません。
私は、これらの表現が悪いと言いたいのではありません。エンターテインメントには男性向け・女性向けというカテゴリーがある以上、「お互いさま」であることを忘れてはいけないということです。
男性向け作品の表現を不快に感じる女性がいるように、女性向け作品の表現を不快に感じる男性もいます。それにもかかわらず、自分が不快だからという理由だけで相手の作品を攻撃すれば、結局はお互いの好みの作品を破壊し合うことになります。
だからこそ、自分の価値観だけを基準に気に入らないものを攻撃するのではなく、多様な表現が共存できる環境を守ることが、エンターテインメントにとって大切なのではないでしょうか。
「テレビがつまらなくなった」と言われて久しい時代になりました。
その原因を私達は今一度振り返って考える必要があります。
もちろん上記に対して、「ばっちゃん@LcL8jPw70mOP9TB」氏のように個々の作品において、性的描写がノイズになることもあるという反論もあった。
例えば全編シリアスな作品でそういうシーンでもないのに唐突に意味の分からないギャグが挟まったらノイズに感じますよね。それと同じで、そもそも格好としておかしく作品上不必要にも関わらずエロを入れてくるからいらないと言っているのであってエロそのものがどうという話ではない
しかし「フモト@SFumoto」氏はアニメのすべての描写はターゲットを分析して設計されているので、特定の描写が良くないと思った視聴者はターゲットではないと反論した。
よく「そういう作品でもないのにエロを入れるからいけない」と言う人がいますが、その前提自体が間違っています。
キャラクターがすっ転んでパンツが見えるような偶発的な演出などを除けば、商業アニメに作品と無関係な性的表現が制作スタッフの趣味だけで入れられることはありません。アニメは1話あたり数百万円から1,000万円以上の制作費がかかります。監督やアニメーターが独断で好き勝手な演出を追加できるようなものではなく、作品のターゲット層を分析したうえで、キャラクターデザインや衣装、演出まで設計されています。
それを「唐突だ」と感じるのは、あなたがその作品のターゲットではないからです。
私がBL作品を好んで読まないのと同じことで、ターゲットではない作品の魅力や演出が刺さらないのは当然です。
これは事実上、あらゆるアニメ批判を無効化する主張だ。この論理ならば性的描写に限らず、あらゆる描写に同じことが言えてしまう。
しかし嗜好の異なる複数のターゲットを想定した作品が存在しうることを否定できなければ、「フモト@SFumoto」氏の論理はなりたなない。
くわえて奇妙なのが、上記の「フモト@SFumoto」氏は、スタッフの趣味で描写されるノイズがあることを事実上認めているように読める。それこそ画面の全てが基本的に人間の手でつくられるアニメにおいて「偶発的な演出」もまた演出がコントロールできる領分だろう。
単純に全身を映さなければパンツを作画しなくてもすむし、それを逆手にとって想像力を刺激するパンツ描写が流行した時代もあった。さまざまなオブジェクトを配置して性器や乳首を隠す手法も珍しくはない。
『野生のラスボスが現れた!』雑多な感想 - 法華狼の日記
第5話、温泉回なのに原画がほぼ外国人っぽく、作画監督の人数も少ないのに、キャラクター作画が安定しているところが立派。乳首をまったく作画していないが、フレーム外に逃がしたり草むらをなめるカメラワークで自然に見せている。
逆にいえば、そうしてコントロールされたはずの性的描写が偶発的な演出に感じられたのだとすれば、「フモト@SFumoto」氏から見てもコントロールされていないアニメの描写も存在することになる。
ここで「影畑凛星/Prism Magic@prism_magica」氏が、アニメーターが手癖で性的描写をおこなうことがあり、それを防ぐために設定に注意事項が書かれることもあるという一般論を指摘した。
いや、手癖で入れる人がいます。だからアニメの設定資料で「性的な誇張の禁止」が入ることがよくあります。
上記の指摘は演出の指針的な話でもあるので、カットごとの作画を担当する原画マンにとどまらず、各話の作画監督や演出家などへの注意事項でもある。
しかし「フモト@SFumoto」氏は、個々のアニメーターに裁量権がまったくなく、アニメの作画にミスはいっさい存在しないと考えなければ成立しない反論をおこなった。
ご存じないのかもしれませんが、アニメはカットごとにコマ数や演出の方向性が決まっています。そのため、アニメーターが個人の判断で勝手に演出を追加することはできません。例えば、3コマ打ちと決まっているカットで過剰に胸を揺らしたりパンチラを入れたりすれば、動きそのものが不自然になります。逆に、1コマ打ちのアクションカットを地味に描けば、せっかくのフレーム数を活かせません。
モーションやデザインを強調するのは、アニメーター以前に絵を描く人間なら当然行う表現です。それは「アニメーターにエロを勝手に描く手癖がある奴がいる」からではなく、決められた演出の中で作品をより良く見せようとしているだけです。
もちろんクオリティの向上と安定がいちぢるしい近年のアニメは、性的描写にかぎらず、あらゆる描写にコントロールがいきとどいていると感じることは多い。
しかしそれでも各話の演出家やアニメーターの個性が出たカットは存在するし、描写ミスを根絶できるわけでもなく、コントロールを逸脱した描写がトラブルに発展することもある。
群衆に別作者のキャラをまぎれこませる遊びはパロディの権利として許容されたいと考えているが、ちょっと『妖怪アパートの幽雅な日常』は悩んだ - 法華狼の日記
TVアニメ『異世界魔王と召喚少女の奴隷魔術Ω』のモブキャラクターにVTuberが登場したという指摘に、製作委員会が謝罪して映像のさしかえを表明した。
凄腕アニメーターがキャラクターデザインと作画監督をおこない全体をコントロールしながら、特定の性的描写があまりにクオリティが高すぎて、作品のバランスを崩して伝説になったアニメすらある。
WEBアニメスタイル_COLUMN
アニメーターの友人はあまりのインパクトに大笑いし、脚本家の友人は「風呂場のシーン以外は、記憶に残らないよ!」と怒り出した。
実際にDVDを購入して何度も見たが、当時のOVAとしては珍しいくらいSF中編アニメとして単巻できれいにまとまっているのに、全体の印象が残らない不思議な作品であった。
さらに「フモト@SFumoto」氏は、アニメで原作にない描写が付与される場合に性的なものもある*1ことすら無視して、性的描写への文句を全否定した。
そもそも胸が動いたりパンツ見えたりといった演出は、そういう表現が許されているか、原作で最初から存在しているような作品です。 そういう作品を自分で視聴しておきながら文句つけるのはイチャモンと言われても仕方が無いですよ。
そしてやりとりの過程で、胸がデカいキャラクターはラインを強調するのが自然で、強調しなければ疑問をおぼえると「フモト@SFumoto」氏は語った。
「手癖」と書くと悪意しか感じられないので止めた方が良いです。
キャラクターの動作や胸がデカいキャラクターのラインを強調したりするのは、むしろ自然な事ですし、逆に強調しない方が「なんで?」ってなります。
当たり前です。
アニメーターはキャラやモーションを魅力的に見せようとしているのですから。それをレーティングや設定に合わせて調整するための注釈です。
「勝手に描くなバカ」という意味で書いてるんじゃないです。
これこそまさに「手癖」という概念が指す発想だろう。
結果的に手癖が効果的になることもあるとも思うが、強調するならばその必要性を考えぬいてこそ表現は進歩していく。性的部位を主要なモチーフにした作品であっても、場面ごとに意識的に抑制する実例もある。
『ペンギン・ハイウェイ』 - 法華狼の日記
キービジュアルのようにメインヒロインはオッパイが絶妙に目立つデザインで、いわゆる乳袋にギリギリならない範囲で双丘のかたちを見せる。それでいて乳揺れ表現は少なく、視線を誘導して物語を追う邪魔にならないようギリギリを攻めている*3。
*3:ペンギン板野サーカスの前後、乳揺れ作画を抑えたことをオーディオコメンタリーで言及。
性的描写でなくても、たとえば戦争をテーマにした作品であっても、描写の刺激性が望まぬ受容をされそうな場合は、あえて抑制することもある。それが演出というものだろう。
そもそも「影畑凛星/Prism Magic@prism_magica」氏が指摘するような演出意図を逸脱するアニメーターが存在するかどうかの論争は、現役アニメ監督の安藤正臣氏が現在もいると説明し、決着したはずだった。
パンチラを勝手に挿入するアニメーターが実在することを安藤正臣監督が証言したことにはじまる、いろいろな暴走アニメーターや描写修正の話題 - 法華狼の日記
安藤氏の一連の証言は、そうしたアニメーターのこだわりは高評価にもつながるので、暴走が許容されるという背景を暗に示唆もしていた。一消費者としての心情をいえば、個々の成功失敗は別として、少なくともTVアニメはそうした暴走が許容される体制であってほしいと思っている。
しかし驚いたことに、「フモト@SFumoto」氏と、私の批判エントリを紹介した「諸葛望@sakami_keniti」氏は、安藤氏らの語った逸話が自説の補強になると考えているらしい。
あの人だけじゃなくて、↓『法華狼』もまだやってますわ。 hokke-ookami.hatenablog.com/entry/20260310…
この法華狼って人かなり悪質ですね。もともとは
「パンチラなどのカットは作品の設定やコンテで決まるもので、アニメーターが独断で勝手に描き足すことはない」
という話をしていました。
それにもかかわらず、制作過程での確認不足や行き違いによって、意図しないカットが描かれてしまった例を持ち出して「ほら、勝手にエロを挿し込むアニメーターがいたじゃん」と論点をすり替えて煽っています。
制作上の事故やミスと、アニメーターが個人の趣味で勝手に性的表現を描き加えることは、まったく別の話です。
この二つを意図的に混同させることでアニメーターを、ひいてはアニメ界隈全体を性差別的だと印象づけて悪魔化しようとしている意図をひしひしと感じます。
『法華狼』は以前から相当に悪質なんですけど、叩くタイミングが無かったので。 こうやって悪意で捻じ曲げる人がいるから、 分かってもらえると思っていた安藤正臣さんも純粋すぎる。
しかし、このふたりが反論しようとしていた「Simon_Sin@Simon_Sin」氏の証言は、独断で勝手に描こうとするアニメーターがいて困ったという体験談だった。つまり、性的描写は設定やコンテ段階で決めるという原則と、その指示にしたがわない事例があるという話だった。
いちいち指示しないとアニメーターが手癖で女性の胸をゆらしてくるというディレクション体験談が、異論が殺到するほど信用できないものとも思えない - 法華狼の日記
上記エントリの時点でも、逸脱するアニメーターを語るアニメ関係者の証言を集めておいた。それが現在もいると証言した安藤氏は、逸脱するアニメーターがいたという「Simon_Sin@Simon_Sin」氏の証言を補強する。
それなのに「フモト@SFumoto」氏と「諸葛望@sakami_keniti」氏は、安藤氏の証言を「Simon_Sin@Simon_Sin」氏の証言への否定であるかのように解釈する。それこそ悪質ではないだろうか。