法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

当時そういうのが非合法になりつつあったから、わざわざ日本軍は慰安所をつくったんだよ

「ドイツやフランス軍による戦場での管理売春、従軍慰安婦、性奴隷」というTogetterの事実誤認 - 法華狼の日記

日本で法律で管理売春が禁じられた時代、公娼制も「奴隷制」と呼ばれて批判されていた。

建前として「管理売春」という形式は許されないが、実態としてそのような制度にならざるをえない。だからこそ「軍との関係を隠す」よう通達された。

上記エントリに対するはてなブックマークで、内容を読みこまないまま反発するコメントのひとつが印象に残った。
[B! 歴史] 「ドイツやフランス軍による戦場での管理売春、従軍慰安婦、性奴隷」というTogetterの事実誤認 - 法華狼の日記

tetora2 今の基準に照らし合わせれば違法 vs 当時の法律では合法の戦い。どこまでも不毛の荒野が広がるのみ。

印象に残ったのは、つい先日の林博史インタビューに対するはてなブックマークで、よく似た反発を見かけたためだ。
[B! 歴史] 今さら聞けない「慰安婦」問題の基本を研究者に聞く――なぜ何度も「謝罪」しているのに火種となるのか(2019/08/07 19:45)|サイゾーウーマン

tikuwa_ore 現代の人権感覚で当時合法だった売春婦を性奴隷と置換する左巻きが多いから、より大きな反発が生まれるって話なんだけどな。「戦国時代は未成年と姦淫する児童性加害者が多かった」みたいな表現。

Akimbo のっけから「「慰安婦」はいなかったとする「否定派」」と空想の産物が出てきて、この人はなにと戦ってるのかという気になる。戦後しばらくまでは売春は合法で、慰安婦は兵隊さんむけ売春婦の美称だったというだけ。

実際にはインタビューを読み進めていくと、英国軍に前例となる制度があったとことと、その制度が日本軍の慰安所制度以前に廃されたことが説明されている。
今さら聞けない「慰安婦」問題の基本を研究者に聞く――なぜ何度も「謝罪」しているのに火種となるのか(2019/08/07 19:45)|サイゾーウーマン

イギリス軍も19世紀に、慰安所に似た仕組みを持っていたんです。しかしイギリスの女性たちが1870年代に、売春を国家が公認することは女性に対する人権侵害であり、そうした女性は「奴隷」だと批判し、女性の参政権がないにもかからず、男性議員を巻き込んで、1880年代には制度を廃止させるのです。

当時の人権感覚においても、女性の自由が保障されない性的労働を「奴隷」と呼ぶ批判はあったし、法律や条約によって合法とされる範囲が制約されていったのだ。


つまり「すでに存在した売春宿が顧客を軍隊に限定したわけでも、軍側から専用にするよう求めたわけでもない」のは、売春宿が利用しづらくなったという背景もあった。
象徴的な出来事として、日本軍が初めて慰安所を設置した*1と考えられる中国には、当時の中国政府の意向で公娼制が廃止されていた*2

上海では、中国政府が公娼廃止に取り組んでいたので、日本外務省も体面上これに協力せざるをえなくなり、二九年、貸座敷(貸席)制度を廃止していた。しかし、日本は実際には抜け道として料理店酌婦制度をつくっており、事実上の公娼制が維持されていた。

水木しげる『姑娘』などでも、当時の中国の買春や性暴力への忌避感の強さが描かれている。そして日本は満州事変で海軍が少数の慰安所をつくり、それを真似て陸軍も慰安所を設置していった。
十五年戦争の発端となる中国で、日本軍が欲した売春宿がなかったことから優先的な兵站として制度化され、違う地域へと戦線を広げても制度の優先順位が変わらなかった……そう思うと、いかにも日本らしい先例主義が慰安所制度を自己目的化していったといえるかもしれない*3
もちろん中国だけではなく、1930年代までにイギリスや北欧、カナダなどが公娼制を廃止していた。日本国内でも群馬県をはじめ、多くの地域が1941年までに廃娼決議をおこなっていた*4。当時の人権感覚は、すでにそこまで進んでいたのだ。


そもそも、法律の線引きや運用を変えさせられる公権力の「合法」と、法律の網の目を逃れる民間の「合法」を、その脱法の悪質性が同等とみなすべきではあるまい。
慰安婦募集が「合法」だったから業者が立件されなかったわけではないという指摘を、先日のエントリで紹介した永井和インタビューから引用しよう。
(慰安婦問題を考える)「慰安所は軍の施設」公文書で実証 研究の現状、永井和・京大院教授に聞く:朝日新聞デジタル

和歌山県の警察は『軍の名をかたり売春目的で女性を海外に売り飛ばそうとしたのではないか』とみて、刑法の国外移送目的拐取の疑いで業者を取り調べました。しかし大阪の警察に問い合わせた結果、軍の依頼による公募とわかり、業者は釈放されています。大阪など一部の警察には事前に内々に軍からの協力要請が伝えられていたのです(資料〈2〉)」

 「各地の警察の取り締まり方針を知った内務省は38年2月、軍の要請にもとづく慰安所従業婦の募集と中国渡航を容認するよう通達し、慰安婦の調達に支障が生じないようにしたのです。同時に軍の威信を保つため、軍との関係を隠すよう業者に義務づけることも指示しています(資料〈5〉)」

最近でも、「上級国民」の起こした事件への追求の甘さに、報道や捜査の恣意性が疑われたことがあった*5。それを思えば、軍隊が独立した権力をもっていた時代、捜査の手を逃れられる特別な優遇措置を受けられたことも理解しやすいだろう。
慰安所の運営においては、募集段階にとどまらず、海外への移送や現地への拘束などでもさまざまな条約や法律に抵触していた。たとえば、いわゆる「広義の強制」と「狭義の強制」も、当時の刑法においても非合法性において違いがなかった*6
そもそも慰安所の合法性を主張する理屈は、21歳未満の買春を禁じる条約の植民地への例外規定を利用するように、しばしば大東亜戦争の建前と矛盾をきたす。そのような「合法」は、むしろ国家の悪質さをあらわすものだ。


いずれにしても、「当時合法だった」といったコメントは、そのような情報にふれていなければ断言できるものではあるまい。
tetora2氏やtikuwa_ore氏やAkimbo氏は、どのような根拠からそのような認識をもつにいたったのだろうか。
そのような事実誤認こそ、当時の人々の名誉を傷つけることになるとは考えないのだろうか。

*1:それ以前に、既存の売春宿を軍の管理下においたと考えられる事例はある。

*2:従軍慰安婦 (岩波新書)』15頁。

*3:念のため、この制度の自己目的化という印象論は、専門家の知見ではなくて私個人の心象にすぎないと留意されたい。しかし、よく日本軍との制度的な類似が指摘されるナチスドイツだが、場所によって異なる制度を選んでいたという点は、どの地域にも慰安所を設置した日本軍と異なっているように思えるのも、正直な感想ではある。

*4:日本軍「慰安婦」制度とは何か (岩波ブックレット 784)』45~46頁

*5:池袋母子死亡事故、暴走した88歳「上級国民」の特権はやはり存在するのか? | 2019年上半期の「忘れられない言葉」 | 文春オンライン

*6:日本軍「慰安婦」制度とは何か (岩波ブックレット 784)』の12~13頁で詳細に指摘されている。

『世界まる見え!テレビ特捜部』世界のマヌケな奴らが大集合 全員逮捕だSP

2時間SP。犯罪に手を染めた少年たちを凶悪な囚人たちが諭そうとするコーナーが、今回は少女と女囚だった。


フェイクニュースの制作現場」は、手軽に誰もが映像を加工できるようになった米国のSNS事情を紹介。
ゲット・アウト』の監督がアマチュアでも入手できるアプリだけで作ったバラク・オバマの偽映像パフォーマンスや、実際に社会で騒動を引き起こした事例。事実が報道されたことについてトランプ大統領がフェイクあつかいする逆転も紹介。
そうした加工映像を見破る最新技術の紹介を除いては、おおむね新味はなかったものの、広く目配りされていた。あと、スタジオで実際にフェイク映像を作ってみた光景が楽しい。


「キャットフィッシュ~ネット恋愛の落とし穴」は、6年前から歌姫ケイティ・ペリーとつきあっているという男性が登場。1から10までの段階でどれほど信用しているかと問われ、堂々と「1000」と答えるのぼせぶり。
もちろん正体はケイティ・ペリーではなかったが、もともと友人がいない女性がつながりたいと願って演じていたのが真相だった。たったひとりの男性が信じてくれたおかげで自信がついて、今では友人もできたという。
メチャクチャな内容なのに、不思議といい話のようにまとまっていた。前クールにノイタミナで放映された『さらざんまい』を連想したが、まさかそれを意識してエピソードを選んだんじゃあるまいな。実際、今回は『さらざんまい』の音楽がかかっていたし……いや、そもそも『さらざんまい』自体がキャットフィッシュ的な物語と考えるべきか。


「イギリス史上最大の老人強盗団」は、2015年のイースター休暇に発生した貸金庫破り事件の紹介。長期の休みで初動が遅れただけでなく、監視カメラのHDDも盗まれ、漂白剤をまくことで指紋などの痕跡も消され、なかなか犯人をしぼれない。
しかしイギリスらしく、街頭の監視カメラに偽の清掃員が映っていたことから、少しずつ犯人をたぐりよせていく。そうして判明した主犯格は70代で、引きこんだ仲間の若造も50代後半。
大がかりな工具で壁をぶちやぶるような派手さがありつつ、人的被害はほとんどなし。犯人もすぐ捕まって真面目に刑期を終えた。スタジオでコメントされているように、たしかに映画化すると面白そうな事件ではあった。

「ドイツやフランス軍による戦場での管理売春、従軍慰安婦、性奴隷」というTogetterの事実誤認

momoetbeppo氏のまとめたTogetterが、はてなブックマークを集めていた。
ドイツやフランス軍による戦場での管理売春、従軍慰安婦、性奴隷 - Togetter
しかし最初に資料らしきものを示しているツイートは、古くから日本軍慰安所との類似が指摘されているドイツのみ。
以降のツイートの多くは、必ずしも資料を示していないし、従軍慰安婦問題の争点を踏まえられていない。


まずタイトルの時点で、日本軍慰安所制度にかぎらず、あまり公娼制などの議論を踏まえていないことがわかってしまう。
この問題の文脈において「管理売春」という言葉は固有の語義があり、売春を公的に管理するという意味で使うべきではないのだ。
管理売春(かんりばいしゅん)とは - コトバンク

自己の占有・管理する場所または指定する場所に居住させ、売春させることを業とすること。売春防止法上の犯罪。

公娼(コウショウ)とは - コトバンク

政治権力が売春を公式に管理する形態を公娼制といい,その制度下における売春婦を公娼という。

ざっくり説明すると、「管理売春」とは主人がいて、娼婦に売春させる手法。「公娼制」とは自発的に売春する娼婦を、公的に認可して管理する手法。
ここで基準となるのは、売春における娼婦の自発性だ。公娼制において売春をおこなう場所を、「貸座敷」と呼んでいたことを思い浮かべるといい。
貸(し)座敷(カシザシキ)とは - コトバンク

遊女屋の公称。1872年(明治5)の娼妓(しょうぎ)解放令以後、娼妓が営業するための座敷を貸すものとして遊女屋を貸座敷と改称した。実質は従前と変わっていない。

もちろん公娼制も建前と実態が乖離していることは当時から批判されていた。日本で法律で管理売春が禁じられた時代、公娼制も「奴隷制」と呼ばれて批判されていた。
しかしそれは建前がまったく無意味だったということではない。建前があるだけでも抑制がはたらき、実態への批判がおこないやすかったと考えるべきだろう。


そして、この自発性の有無、より正確には誰の意思が主体だったかが、従軍慰安婦問題で争点のひとつとなった。
軍隊と業者と娼婦、この三者の関係において、1990年ごろまで日本政府は業者が主体と答弁して、勝手に軍隊についてきたという立場をとっていた。
従軍慰安婦の強制連行を狭義にとどめない問題意識は、1990年以前から確実に存在していた - 法華狼の日記

当時の日本政府が民間業者へ全ての責任を押しつけつつ、政府による調査を拒否していたことがわかる。未調査であるのに民間業者が行っていたと主張していること自体、責任回避を優先した態度ということが明らかだろう。

それが朝日新聞による軍関与資料のスクープで崩され、慰安所をつくったのは軍隊が主体であり、業者は依頼された立場であったとわかった。永井和氏へのインタビューを引こう。
(慰安婦問題を考える)「慰安所は軍の施設」公文書で実証 研究の現状、永井和・京大院教授に聞く:朝日新聞デジタル

内務省は38年2月、軍の要請にもとづく慰安所従業婦の募集と中国渡航を容認するよう通達し、慰安婦の調達に支障が生じないようにしたのです。同時に軍の威信を保つため、軍との関係を隠すよう業者に義務づけることも指示しています(資料〈5〉)

建前として「管理売春」という形式は許されないが、実態としてそのような制度にならざるをえない。だからこそ「軍との関係を隠す」よう通達された。
軍隊が兵站として慰安所を積極的に設置していたことは、近年新たに発掘された資料からもうかがえると永井氏は指摘する。

軍隊内の物品販売所『酒保』に『慰安施設を作ることができる』との項目を付け加える内容です(資料〈8〉)。

41年に陸軍経理学校教官が経理将校教育のため執筆した教材(資料〈10〉)にも『慰安所の設置』が業務の一つと記されました。

こうして日本軍慰安所制度は、業者の問題を国家が制度として充分に防げなかった出来事ではなく、問題が起こる制度を国家が積極的に採用した出来事だと判明していった。
すでに存在した売春宿が顧客を軍隊に限定したわけでも、軍側から専用にするよう求めたわけでもない*1。侵攻にともなって軍隊自身が設置していったため、日本軍慰安所空前絶後*2に広範かつ大量になった。
念のため、権力をもった組織の人員が買春するだけでも、さまざまな問題が引き起こされることは、後述のようにまず間違いないだろう。しかし、ichiroak氏やmarionko_氏のツイートのように「黙認」*3や「ポン引きが手配」*4された事例をまとめても、他国に「制度」がなかったという学説への反論としてはかみあわない。


そしてTogetterにまとめられたツイートを読んでいくと、より明確な誤謬も目につく。
具体例のひとつが、日本軍慰安所制度の「強制性」を誤った根拠で否定するgeenzoetekauw氏のツイートだ。

取り消したと画像で紹介されている吉田清治証言は、歴史学会の共同声明で指摘されているように、もともと強制性の根拠として重視されていなかった。
「慰安婦」問題に関する日本の歴史学会・歴史教育者団体の声明 - 東京歴史科学研究会

日本軍が「慰安婦」の強制連行に関与したことを認めた日本政府の見解表明(河野談話)は、当該記事やそのもととなった吉田清治による証言を根拠になされたものではない。

声明にあるように、狭義の「強制連行」に限定しても多数の事例が確認されているし、詐欺的募集などをふくむ原義の「強制連行」は朝鮮半島でもあったと考えられている。

強制連行は、たんに強引に連れ去る事例(インドネシア・スマラン、中国・山西省で確認、朝鮮半島にも多くの証言が存在)に限定されるべきではなく、本人の意思に反した連行の事例(朝鮮半島をはじめ広域で確認)も含むものと理解されるべきである。

何より、8年間の米国による調査で日本軍の強制性が否定されたというのは、先日に話題となった映画『主戦場』で源流が誤謬を認めた*5ように、もはや使い古されたデマといっていい。
IWG報告書は、その時点で未調査だった機密資料を調べたものにすぎないし*6、物量的にもナチスドイツの調査が優先されていた*7。それ以前に発見された強制性を示す資料をあらためて否定したりはしていない。
そもそも被害者自身が訴えたことにより、歴史学においては慰安所という現場で拘束される「強制性」が要点と考えられている。「強制性」を論じた朝日検証でも説明されている。
強制連行 自由を奪われた強制性あった:朝日新聞デジタル

慰安婦たちは、徴集の形にかかわらず、戦場で軍隊のために自由を奪われて性行為を強いられ、暴力や爆撃におびえ性病や不妊などの後遺症に苦しんだ経験を語っていた。

つまりgeenzoetekauw氏は何に反論すべきかも理解できていない。
もちろん、後半にまとめられたtamiya2345氏の「慰安婦の強制連行は捏造記事でした。謝罪します」という要約も、朝日検証における説明を歪曲した事実誤認という他ない。


また、先にとりあげたichiroak氏の、明らかに誤解をまねくツイートもまとめられている。

これは吉見義明『従軍慰安婦』でも紹介されている特殊慰安施設協会RAAのことをいいたいのだろう。しかし、設置した時系列が誤解をまねくかたちになっているため、責任の要点がすりかえられている。
0-8 占領軍は慰安所を要求した? | Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任

全国の警察の元締めである内務省警保局長は、18日に各府県長官(知事や警視総監)に対して、「外国軍駐留地における慰安施設」について通牒を発しています。

8月19日、進駐についての打ち合わせのために、参謀次長河辺虎四郎中将ら日本政府の代表団がマニラに赴き、20日マッカーサー司令部と協議をおこないました(21日帰京)。占領軍の先遣隊厚木進駐が26日、本隊の進駐日は28日に決まりました。

RAAは本土上陸以前に日本側が設置を決定したのであって、それ以前に「占領軍による日本の一般女性に対するレイプ事件が多発」となると、植民地を指していることになるが、それが日本を動かした根拠はあるのだろうか。
ちなみにTogetterにはまとめられていないが、ichiroak氏は慰安婦証言でジープという表現が出ただけで、朝鮮戦争での出来事だと主張するツイートを固定している。

しかし「ジープに乗るよう強要され」*8という証言で近年に知られる慰安婦は台湾人であるし、「ジープ」という商標は一般的に海外でも一般名詞化している。
jeepの意味 - goo辞書 英和和英

[名]Cジープ(◇4輪駆動の軽自動車;Jeep は((商標)))

また、「ヘリコプター」が出てくる証言はインターネットで流布されているが、実在は確認されていないはず。ichiroak氏は情報源を示していないが、知っているならば教えてほしいものである。


最後に、旧日本軍に限らず、さまざまな暴力装置がしばしば性暴力とむすびついてきたことも先述したようにたしかだと思われる。
そうした各国の問題を研究したものの集積として、『「慰安婦」問題を/から考える――軍事性暴力と日常世界』という書籍が出版されている。

使い古された誤謬が多くて情報源もあやふやなTogetterよりも、ずっと情報量が多くて広範に目配りされていた。
日本軍の責任を相殺することが目的ではなく、本心から戦時性暴力に興味関心があるならば、ぜひ一読をすすめたい。

*1:そのような事例が日本軍にはなかったという話ではない。

*2:こう考えることができるのは、単純に一国が広範囲を急速に占領するような戦争がもはや起きないだろうことや、軍が兵士の性を管理する動機となる性病の多くが娼婦の健康診断よりも抗生物質で解決したことなど、人権意識にかかわらない要因も多い。

*3:ジェームス on Twitter: "【イギリス軍慰安婦2】第二次大戦時は公認の慰安所は設置せずに、現地の売春婦や売春宿を積極的に黙認した。日系2世のカール・ヨネダ軍曹のカルカッタでの目撃証言では、6尺の英兵が10歳のインド人少女に乗っている姿が丸見えで「強姦」のようだったと。そうしたことが至るところで見られたという"

*4:しかし、一晩で数十人を相手にしたという元慰安婦証言が、物理的に無理だと反駁される光景を見てきただけに、ここでのmarionko_氏のツイートが留保なくまとめられていることに、一種の感慨がないでもない。marion_ko on Twitter: "1946年に法規制されたのになぜその後も存在し得たのかというと、ポン引きが手配していたから。でも、ということは、女性達は自由意志で働いていたのかは明確ではなく、借金の肩代わりに働かせられていたことも当然あり得る。 さらに気になるのは多くの記事は女性達の境遇はほとんど"

*5:能川元一 on Twitter: "ちなみにこの山田宏のツイートをさっき杉田水脈がRTしてたんですが、歴史修正主義者との「論争」とはこういうことなんですよ。あの映画で「IWG報告書詐欺」の仕掛け人の一人がそのインチキぶりを告白しているのに、それでもなお同じことを吹聴し続けるのが歴史修正主義者。"

*6:ekesete1のブログ : 【慰安婦】米報告書について誤解を招く産経報道

*7:能川元一 on Twitter: "調査対象となった文書のページ数が記されている報告書の43ページ。文字とおり桁が違うことがわかる。… "

*8:92歳の台湾女性、日本で講演 「慰安婦の歴史忘れないでほしい」 | 社会 | 中央社フォーカス台湾

『黒い雨』

1945年8月6日、小さな船で瀬戸内海をわたっていた高丸矢須子は、コールタールのような黒い雨にうたれた。5年後、叔父と叔母にひきとられた矢須子のところに、結婚話が舞いこむが……


井伏鱒二による1965年の同名原作をもとに、1989年に今村昌平監督が映画化。原爆投下の特撮や特殊メイクは当時の最新技術*1を用いつつ、あえてモノクロで撮影されている。

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キノコ雲の合成や停車している列車の爆破シーンなど、原爆投下のカタストロフは映画らしい力のこめよう。全身ケロイドになった少年の特殊メイクも痛々しい。モノクロも特撮の稚拙さを隠し、同時代の撮影のように感じさせる。
しかし物語の本筋は、原爆症による不安をかかえながら戦後の日々をすごしていく人々の群像劇だ。矢須子が原爆症ではないと縁談相手に証明するため、叔父が日記を清書したという形式で、淡々としたモノローグが画面に重ねられる。
叔父が「正義の戦争より不正義の平和」*2を語ったりと、メッセージをはっきり台詞にしているが、田舎のインテリらしいキャラクターには合っているし、「声高」な印象はない。


何より印象深いのが、原爆症そのものの明確な恐怖を描くというより、どこから戦争の後遺症なのかというボーダーラインな不安を描いた作品であること。
まだ原爆症重篤化していない働き盛りの男達が、のんきに池で釣りをしているところで、労働している女性が通りがかって嫌味をいったりする。現代社会で生活保護受給者らに向けられるまなざしとも通じる描写だ。
映画の後半で不安にかられた叔母が、拝み屋にすがったりもする。拝み屋の言葉が今でいうコールドリーディングでしかないと叔父は指摘するが、墓参りすべしというアドバイスは悪いことではないと叔母は反論し、かたくなになっていく。たよれる女性と前半で印象づけられたからこその落差が悲しい。
不安を呼びおこすのは原爆症だけではない。いつもは温和に彫刻活動をつづけている青年が、ひとたびエンジンの音を聞くと戦車と思いこみ、捨て身の攻撃を自動車やバイクにしかけていく。その行動を体をはって止める苦労は、不安なだけの原爆症よりも日常的といっていい。
放射能のある「黒い雨」を矢須子が浴びたことも、むしろそれだけならギリギリセーフと位置づけられている。矢須子が直接被爆したという噂を否定するため、叔父たちが縁談で積極的にアピールするくらいだ。


もちろん原爆症によって人々が亡くなっていく局面もあるが、苦しむ姿を長々と映すことはしない。
矢須子の物語には明確なピリオドが打たれないまま、希望と不安のあいだをただようように画面から消えていく。
はっきりと被害は見えない、むしろ被害を隠そうとすらする、そんな境界線へと注目をうながす物語として、反核にとどまらない普遍性が感じられた。

*1:NHKがハイビジョン技術を提供したことがEDでクレジットされている。

*2:機動警察パトレイバー2 the Movie』の中盤のやりとりの元ネタだろうか?

『野火 Fires on the Plain』や『この世界の片隅に』と『鬼郷』を比べて、韓国の映画界に対して日本の映画界が劣っていると感じざるをえなかった件

日本軍慰安所制度を題材にした『鬼郷』*1と、近年の日本で戦争を描いた映画として『野火 Fires on the Plain』*2と『この世界の片隅に*3を見比べて、映画界のレベルの違いを感じてしまった。
念のため、それぞれの映画には個別の評価と価値がある。作品として優劣をつけたいわけではない。むしろ明確な優劣がないからこそ、映画を制作する環境の違いを感じたという話だ。


『鬼郷』を監督した監督は、インディーズ作品が評価されてドキュメンタリーを監督した経験くらいしかなく、商業での劇映画は初めての、キャリアの浅い新人だった。
一方、日本の2作品を監督したのは、どちらも複数の商業作品を撮ってきたベテランで、国内外で映画賞をとるような評価もされてきた。原作も、前者は別の巨匠も映画化している戦争文学の古典で、後者はすでに実写ドラマ化もされた人気漫画だ。
それほど実績がある映像作家と原作でも、今の日本では充分な出資を集めることができなかった。そこで前者は遺産で自主制作して徹底的に予算を切りつめ、後者は制作会社MAPPA*4でつくりながらもクラウドファンディングの助け*5で完成にこぎつけた。
前者の塚本晋也監督は自主制作的な手法を得意として、あえて安っぽさを強調する撮影と*6、手作りしたプロップから、ホラー映画のような情景をつくりだした。後者の片渕須直監督は、個人でも一定の制作をつづけられるアニメ作家であり、公私にわたるパートナーとして浦谷千恵*7というアニメーターもいた。どちらも力のある作家の個人技と、それを支える有志の助けで作られた。
一方で『鬼郷』は、良くも悪くも歴史再現として平均的な映像であり、さほど斬新な演出や技法は見当たらなかった。クラウドファンディングを利用するほど予算にとぼしく、監督のキャリアもないのに、一般的な映画としてしあがっている。日本軍と抵抗軍の戦闘シーンも正面から銃撃戦を見せていく。さまざまなスタントも危なげない。これはつまり作家個人の能力に依存せずとも、低予算なりの要求にこたえられるスタッフを配置するだけで、水準作が成立するということではないか。


会社が大部屋俳優をかこって群衆も兵士も自在に用意できる、古き良き日本映画。そのような厚みが、おそらく現代の韓国映画にはあるのだ。
もちろん韓国映画もさまざまな問題をかかえているという報道はあるし*8、日本では気づきにくい問題があっても不思議ではない。
しかし日本で映画を観ている身としては、どうしても隣の芝生の青さがまぶしくてしかたがなかった。

*1:『鬼郷』 - 法華狼の日記

*2:感想はこちら。『野火 Fires on the Plain』 - 法華狼の日記

*3:備忘として、ストーリー展開やメッセージ性を比べたエントリがこちら。映画『この世界の片隅に』を加点と減点で評価したところ、だいたい映画『鬼郷』と同じくらいになった - 法華狼の日記

*4:制作開始と同時期にベテラン経営者が新設した会社であり、単独で充分な制作環境を用意できたわけではなかったようだ。2016年の映画完成までには複数のTVアニメを送り出し、どれもクオリティの高さに定評があったが……近作の『将国のアルタイル』を見るかぎり、企画に要求されるリソースを必ずしも用意できる体制ではないという感触がある。

*5:制作費そのものというより、期待している観客層を可視化することに意義があったらしい。

*6:塚本晋也「野火」全記録』によると、ポストプロダクションなどはそれを業務とする会社でおこなったが、あえてデジタルらしい質感を残すように依頼したという。

*7:女流監督として、新選組を題材にした短編OVA土方歳三 白の軌跡』も手がけている。あまり動きのない作品だったが、伊東伸高担当と思われるカットのアクションはわかりやすく良かった。

*8:キム・キドク監督の制作現場における暴力性への告発が記憶に新しい。