宇宙空間に多くの人々が棄民され、多くの戦争をへた時代。要人を乗せて地球へ降下する宇宙船に、巨大人型兵器がとりつき、テロリスト集団が乗りこんできた。地球連邦の要人を暗殺するテロリスト「マフティー」が、今回は身代金目的でハイジャックしたという。
しかし人質のなかにいたひとりの女性にあおられ、ひとりの青年がハイジャック犯を倒す。少年時代に戦争で不正規に活躍しながら挫折感をかかえているその青年ハサウェイこそ、真のマフティー。地球連邦の軍人を父にもちながら、テロリズムに身を投じていた……
三部作予定の一作目として、2021年に公開されたアニメ映画。原作の発表から約三十年後、『虐殺器官』*1の村瀬修功監督と『機動戦士ガンダムUC』のむとうやすゆき脚本で映像化された。
原作は、『機動戦士ガンダム』シリーズの富野由悠季監督が、アニメ作品の後日談として自身で書いたオリジナル小説。
数十年前に読んで手元にあるが、あまり印象に残るところがなかった。主人公が船をあやつる少年と会話する場面だけは奇妙に記憶に残ったが、逆にそこだけ会話は削除されていた。
しかし序盤だけ映像化した今作を見て、これほど凄味のある娯楽作品だったのかと印象をあらためた。
富野作品で見られる膨大な設定は魅力的だが、最終的に出力されたアニメでは削られがち。それでも背景になるなら世界に厚みをもたらすからいいとして、アドリブなドラマやアクションを優先して捨てられがちなことはもったいないと思っていた。そこを今作は別のスタッフが映像化を手がけ、映画に必要なところを取捨選択し、癖の強い人間ドラマ部分と同等に描写することで、ずいぶん見やすくも厚みを感じさせる作品になっている。
小形尚弘プロデューサーのインタビュー記事によると『007』のようなスパイ映画も想定しているらしい*2。たしかに日常の観光に見せて情報をやりとりする描写で珍しい風景とサスペンスを両立させている。その少し後の場面で、一般人のはずのハサウェイが軍人であるかのように語ってしまった会話は、その口のすべらしかたの自然さと、それを聞きとがめる敏感さがよくできていた。
そのように主人公視点で街と人々を描いたからこそ、戦闘で蹂躙される光景にアニメでは難しい実感がもたらされている。前半の植物園などで美しい自然のかけがえのなさを映像で描いたからこそ、巨大兵器の推進力で無人の樹林が燃やされていくだけの光景に罪深さを感じられた。
そしてその実感が主人公視点で民衆とともに延々と逃げまどう描写の切迫感も、強く補強している。日本の怪獣映画のように巨大な存在が世界を蹂躙する光景というより、あくまで地上で逃げまどう個人視点で映しつづけるところは、『クローバーフィールド/HAKAISHA』や『スカイライン-征服-』のような米国のディザスター映画を思わせる。
ビジュアルは総合的に圧倒的な印象がありつつ、実は意外と力が抜けているところも感心した*3。
キャラクター作画の描線は太目で、意外と描きこみは多くないし、影も一段だけで色数も多くない。思えば、端正かつ美麗なようでいて、影の抑制や色数の少ないキャラクター作画は、監督が過去にキャラクターデザインを担当したOVAもそうだった。
それでも克明な背景美術の、空間パースにそって登場人物が動くだけで、重厚で一部の隙もない映像に見えてくる。
全体のバランス調節が高度すぎるくらい高度なのだ。アニメはもちろん、実写映画ですら悪目立ちして浮きそうな、主人公が乗った派手なタクシーが、きちんと情景になじんでいるすさまじさ。
アニメとして華があるとはいえないデザインの、もともとサブキャラクターの少年が成長して、美麗なキャラクターにとりかこまれながら存在感が出せているところも、スタッフの手腕だろう。
ただひとつ、過去シリーズを知っていることが前提の導入は好みではなかった。
主人公がテロリスト組織に身を投じた理由や、その組織が最新兵器を横流ししてもらえる背景などは、冒頭のテロップや本編の会話から間接的にうかがえるだけ。主人公の葛藤もテロリストになるかどうかではなく、すでに有名なテロリストになった後で活動への疑問をつきつけられる順序なので、事前情報をもって視聴するべきだろう。
好みとしては、宇宙へ余剰人口が棄てられた歴史はテロップで簡単に言及するだけでなく、たとえば主人公が宇宙船内で視聴しているニュースで宇宙の現状を説明しても良かったのではないか。そうした架空ニュースも作りこめば魅力的な映像になる。
数年前の反乱が鎮圧されて経済や資源がいっそうはげしく収奪されている問題や、治安と称した暴力的な弾圧を描けば、人間ドラマの前提となるシャアの反乱も説明できるだろうし、モビルスーツという技術が拡散している世界観も見せられるだろう。地上では暴力的に支配されている一般人すら同調しないテロリズムが、宇宙では民衆から防衛的な活動として支持をえている対比も描ける。
そのように地域によって民衆とテロリストの距離感が変わり、ひいては暴力的な支配という別のテロリズムが浮かびあがる作品として、『父の祈りを』という映画が記憶に残っている。
もっとも、今回の映画だけでは説明不足と感じた主人公の動機は、監督インタビューによれば、二部や三部で原作より克明に描かれる予定ではあるらしい。
独占ロングインタビュー!『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』村瀬修功監督“壊れている”ハサウェイと“わからない”ギギ | GUNDAM.INFO
ハサウェイの行動の意味付けを明確にするというか、キャラクターの行動原理としてひとつ繋がったものがあるように描くことにしています。では一体何があったかのか、ということについては、今後具体的に描いていくつもりで、第1部ではまったく触れていませんし、アフレコの時もなにがあったかは説明しませんでした。
ならば今後の展開に期待したいし、それができる完成度の第一部だった。
*1:hokke-ookami.hatenablog.com
*3:とはいえ監督インタビューによると、そもそも目指した映像に到達できていないらしいが。「僕ら制作としては、第1部に関しては敗北感があります。本来の達成したいところまでたどり着けなかったという思いが強くある」「映像としてグレードアップできるところは、グレードアップしたいと思っていますし、デジタル技術への対応もより深くしていきたいと考えています」 ddnavi.com