法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『天気の子』

閉塞感のある島からぬけだしたくて、高校生の森嶋帆高は光を求めるように東京へ家出した。しかし記録的な降雨つづきの東京では仕事が見つからない。
須賀圭介という男の小さな編集プロをたよった森嶋は、晴れ女伝説の取材を手伝う。以前に出会った少女、天野陽菜がその晴れ女と気づいた森嶋は……


新海誠監督脚本による2019年のオリジナルアニメ映画。特別エンディングなどをふくむ日曜洋画劇場で視聴した。
tenkinoko.com
物語の整合性については、どんでん返しの根幹で首をかしげた前作『君の名は。*1よりも良かった。
いくつもの偶然が手助けしているが、基本的に画面のどこかに伏線がある。たとえば主人公が偶然に入手した拳銃にも、TVのニュース番組で大量の拳銃が見つかった前振りがある。晴れ女の設定は取材の一幕でほぼ全て説明されている。森嶋に天野が同情したゆえの邂逅も、天野の視点では感情移入できた背景が語られる。
登場人物は誰も彼も少なからず愚かに失敗をつみかさねるが、だいたい状況に追いたてられて余裕のない局面の選択なので、場面ごととの判断としては理解できる。ところどころ警察は過剰に暴力的だったり、あっさり一般人を逃がしてしまうが、現実の不祥事を思えば極端に無能化されているというほどではない。
シンプルな設定ひとつで『ドラえもん*2のように商売をはじめる前半から、その設定がメインキャラクターを追いつめる後半という構成もわかりやすい。


そしてアニメでは珍しく、現代社会を底辺まで高い解像度で映した作品だと感じた。
前作『君の名は。』の大ヒットのおかげもあってか、実在の商品名や看板がスーパーのチラシのように過剰な密度で、雨に濡れて毒々しく映る。
背景美術の表現を重視してきた新海誠作品が、前作から濃密な手描き作画と融合し*3、今作では背景美術になじませた3DCGで違和感ないカメラワークも多用*4。それが駆けぬける街角を、ふりむいた背後の都市を、そこにたしかにある世界として実感させる。
さまざまなかたちで家族が欠落したメインキャラクター。楽しむ食事はファーストフード。はみだし者を秩序に回収しようとする公権力。身分を証明できない未成年は、まともな職にもまともでない職にもつけないし、いざラブホテルに入った時は無邪気な肉体関係をもてない状態*5
国民的アニメとも呼ばれるくらい好評だった前作の後、ここまで反社会的なドラマをおくりだしたことには一種の感動があった。


ただし、社会の描写に力をそそいでいるのは状況までで、構造は無視されているとも思った。
主要モチーフの天気が、劇中の神話で人類文明を超えた存在として位置づけられ、主人公が選択した結末の「世界」すら過去の自然に回帰しただけのように語られる。
ここに気候変動へ人間の営為が影をおとしていることは描かれていない。いや、主人公が利己的な判断で環境問題をひきおこし、それが肯定される物語という解釈もできてしまう。


もちろん、さすがに気候変動を許容する映画とも思わない。
あくまで天気は大人と子供の世代間闘争を加速させる背景であり、搾取される弱者が社会を壊してまで反抗する決断を支えていると解釈すべきだろう。
保護されない貧しい少女という二重三重の弱者が犠牲になるよう社会から求められ、それに主人公があらがう物語。そこで少女を救って全体も救われるのではなく、見捨ててきた社会全体がしっぺ返しを受けいれるまでを描いた。
そういう意味では、これも『わたしは、ダニエル・ブレイク』『万引き家族』『ジョーカー』『パラサイト 半地下の家族』につらなる映画群のひとつといえるかもしれない*6

わたしは、ダニエル・ブレイク (字幕版)

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  • 発売日: 2017/09/06
  • メディア: Prime Video

ただし、対立構図は社会に反抗する子供という古典にとどまる。主人公が邪魔者あつかいされる通路に、年老いたホームレスは先住していない。組織や権力とも対立が見られるが、社会を主導する有力な政治家や資本家と主人公らが直面することはない。そうした権力者の画面における不在が、リーゼントという不良性をもつ警察官が抑圧的で最大の敵になる珍奇な描写へつながっている。世代間ではなく階級間の相克として社会を描いた映画群との違いだ。
しかし監督は過去作では、『秒速5センチメートル』では少年少女の関係が年月で摩耗するように喪失したことを感傷的に反芻するばかりで、『星を追う子ども*7では主人公の少女より誘導する大人ばかり重きをおいてしまった。
曲がりなりにも最後まで子供の反抗心をとらえつづけて、大人を敵として描ききった今作は、たとえ古典への回帰であっても悪くない変化だとは思った。

*1:hokke-ookami.hatenablog.com

*2:晴れ女や雨男の逸話をつかった秘密道具も実際ある。 hokke-ookami.hatenablog.com

*3:路地裏で少年ふたりに水が落ちるシーンが、最も好みのエフェクト作画だった。しかし飛沫の透明感を重視した他のシーンは好みではないが、新海誠作品の個性だとは思えた。

*4:手描き作画による背景動画の情報密度は好きだが、背景美術で静止した部分から良くも悪くも浮いてしまい、カメラワークがつく以上の特別な意味をもちやすいこともたしかだ。そのような密度感の変化を活用した映像として、近年では『フリップフラッパーズ』や『アサルトリリィ BOUQUET』のOPが印象的。

*5:この逃避行に『ガサラキ』を少し思い出す。

*6:題名で反発を受けた『万引き家族』等はもちろん、『わたしは、ダニエル・ブレイク』の主人公も、自分の存在を刻印するために公共物を「破損」する。

*7:hokke-ookami.hatenablog.com