法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『来る』

マンションの一角、暗がりの中にいる男が、女の声に指示されながら謎の儀式をしていた。男は子供だった時、同世代の少女が何かにつれさられたらしい。そして男が家族をもった今、その何かが……


日本ホラー小説大賞を受賞した澤村伊智の小説『ぼぎわんが、来る』を、『下妻物語』の中島哲也監督が2018年に実写映画化。原作は未読で、漫画版を少し読んだだけ。

中島監督といえば、日本映画界のハラスメントを告発しようとする今年の潮流で、前作『渇き。』の問題が報じられたことが記憶に新しい。
bunshun.jp
これまで監督は、社会で差別された女性の不遇や主体を見世物感覚で映像化してきた。自作のメッセージを自身が実践できないことはキム・ギドク監督という前例もあるが*1、やはり現実に対する虚構の無力さを感じさせる。
また、CM出身らしく日本映画には珍しい極彩色で短いカットの作風という印象もある。それがリソース以上の映像をつくるためではなく、つくりこみを求めて現場に過剰な負担をかけたのかもしれない。


さて、作品自体は近年の邦画ホラーとして傑作だとは思った。何もかもが過剰だが、すべて恐怖をもりあげることに奉仕し、見ごたえある作品となっている。
いつもの色彩いじりは冒頭にあるくらいで、すぐに監督にしてはフラットな照明になっていく。本編では夜の表現で青い照明をつかうくらいで、結果として邦画ホラーには珍しくナイトシーンが見やすい。執拗な美術の飾りこみも、今回は時間経過によって生活が変化する物語を映像として表現する基礎になっている。いつもどおり多用した空撮も、視点が変化する物語にあわせて、客観的に俯瞰する作品という印象につながっている。
ゴア演出はかなり多いが、意外と怖くない。特殊メイクのクオリティは悪くないが、どうしても作り物だと頭で理解できてしまう。芋虫も邦画としては立派なVFXだが、実物と区別できないほどではない。とはいえ、楽しめなくなるほどの映像の問題は最後までなかったので、それなりに良かった。


田舎の十三回忌の男尊女卑ぶりも、華々しい結婚式の空々しさも、育児ブログの虚構性も*2、社会のなかで主人公家族が孤立していく予兆として効果的。必ずしも本筋とは関係ないが、怪異とは別個に夫婦を苦しめる日常を克明に描くことで、社会派ホラーのような印象を生んでいる。もちろん社会派ホラーにするなら、本筋の怪異もそれと関係する由来や能力を設定しただろうが、これはこれで予想外の見ごたえがあった。
ホラー映画としては中盤のダブルバインドが最も怖かった。誰を信じればいいのかわからない切迫感は韓国映画哭声/コクソン』のクライマックスも印象的だったが、こちらは騙せる能力を敵がもっている伏線があり、古典的な恐怖とのくみあわせで新鮮味を出せている。
そして霊媒師の活躍がすごいと噂に聞いていたが、あくまで敵も味方も過剰なだけで、結果として霊媒師や祈祷師が大挙して登場する展開になったといったところ。物語の構造としては、良くも悪くもカタルシスたっぷりな終幕とはいえない。しかし総力をあげた対決がクライマックスを斬新にしているし、怪異も人間も全力をつくして、ホラー映画では世界的にも珍しい見ごたえある描写になっている。邦画の国内ロケで韓国映画のような派手な描写をやりきったことにも感心した。

*1:hokke-ookami.hatenablog.com

*2:育児ブログの虚飾ぶりは、先述した監督と映画の関係にも重なりあうが。また、少し前に話題になったアカデミー賞のルール変更が、映画内容のメッセージ性にとどまらず、現場の実践という意味もふくまれていたことも逆説的に思い出す。 hokke-ookami.hatenablog.com