『ふしぎの海のナディア』や『新世紀エヴァンゲリオン』、さらにアニメ映画版『時をかける少女』のキャラクターデザイナーとして知られる貞本氏が、下記のようなツイートをしていた。
キッタネー少女像。
— 貞本義行@腰痛 (@Y_Sadamoto) 2019年8月9日
天皇の写真を燃やした後、足でふみつけるムービー。
かの国のプロパガンダ風習
まるパク!
現代アートに求められる
面白さ!美しさ!
驚き!心地よさ!知的刺激性
が皆無で低俗なウンザリしかない
ドクメンタや瀬戸内芸術祭みたいに育つのを期待してたんだがなぁ…残念でかんわ
ちなみに貞本氏は美術大学出身者であるし、絵面をデザインするだけでなく、独自のストーリーを組み立てる漫画家としてコミカライズ版『新世紀エヴァンゲリオン』の長期連載を完結させた物語作家でもある。
なのにツイートは断片的な言葉が並ぶばかりで、根拠や感想と主張がきちんと対応していない。たぶん「表現の不自由展・その後」に批判的な立場からも同調はしづらそうな内容になっている。
そのような意味不明瞭なツイートでありながら、「かの国のプロパガンダ風習」という表現から、たぶん多くの事実が見えていないこともわかる。
日本における表現の不自由を題材にした展示会「表現の不自由展」を受けて、今回の「表現の不自由展・その後」が開かれた以上、やはり選定された大半の作者は日本人である。
「天皇の写真を燃やした後、足でふみつけるムービー」が日本独自の文脈をもった作品という解説も各所でおこなわれている。それを確認していれば貞本氏のツイートも違っていただろう。
「表現の不自由展」は、どんな内容だったのか? 昭和天皇モチーフ作品の前には人だかりも《現地詳細ルポ》 | ハフポスト
自画像を描こうとして、日本のアイデンティティと切り離せない「天皇」も題材とした。展覧会終了後に美術館に収蔵されたが、一部県議から批判が寄せられたことを受け、美術館側は作品を売却。さらに、同展の図録を焼却したという。
大浦氏が今回の展示会をきっかけに作った映像には、作品を燃やすシーンが入っており、「美術館が図録を焼却した」ことへの反発をあらわしているとも解釈できる。
それとも、外国の作家による少女像に対して、「かの国のプロパガンダ風習」と書いたのだろうか*1。
しかし、国家犯罪を悼むモニュメントは、いうまでもなく日本をふくめて世界各国で建立されている。一国の固有性を見いだすことは現実を直視できていない。
たとえば、ナチスによるホロコーストの犠牲になったアンネ・フランクの像は日本にもあるし、ヒロシマの原爆投下を悼む記念碑は米国をふくめて世界各国にある。
韓国の少女像を殺すため、アンネ・フランク像を殺す人々 - 法華狼の日記
米国から少女像を失わさせるため、原爆の子の像の記憶を失う人々 - 法華狼の日記
注目したいのは、原爆の子の像に影響を受け、姉妹像や記念碑が世界中に建立されているという事実だ。その世界には米国もふくまれている。
もちろんモニュメントに限定せずとも、さまざまなアートが社会問題を告発してきた。
「あいちトリエンナーレ2019」も、「表現の不自由展・その後」にかぎらず、さまざまな社会問題を題材にした作品が展示されている。
34ジェームズ・ブライドル(A18c) | あいちトリエンナーレ2019
《継ぎ目のない移行》は、英国の入国審査、収容、国外退去の3つの管轄区域について、計画書や衛星写真などを手に入れ、中に足を踏み入れた人へのインタビューを通じて再現した映像です。
78レニエール・レイバ・ノボ(T10) | あいちトリエンナーレ2019
写真アーカイヴから毛沢東やフィデル・カストロら権力者の姿を消し去る《A Happy Day FC》は、神話や歴史を解体し、過去の出来事に対する想像力を喚起する。
話を戻すと、貞本氏のツイートそのものに「面白さ!美しさ!」はもちろん「驚き!心地よさ!知的刺激性」が存在しないこと、存在するかのように装っていないことも唖然とした。
もちろん、「アート」が貞本氏の要求を必ずかねそなえる必要はないし、「美しさ」や「心地よさ」の制約をうちやぶったところに「現代アート」があるはずだ。
貞本氏自身もやりとりのひとつで、陳腐な発想で悪趣味な代案を提示している。
あなたが私に何を期待されてたのか知りませんが…
— 貞本義行@腰痛 (@Y_Sadamoto) August 9, 2019
例えばとびきり綺麗な慰安婦少女とライダイハン少女が向かい合って鍋で兵士のペニスを大量に煮て食ってる像とかであったなら不謹慎ながらも少しはコンセプチャルな刺激を感じられたかもしれません
↑
真面目に考えました
ただ単純に美を求めるのではなく、わざわざ「ライダイハン少女」を求めていることから、平和の少女像の作者が韓国やベトナムに建立しているベトナムのピエタ像を知らないだろうこともうかがえる。
「ベトナムピエタ」像、済州に建設される : 政治•社会 : hankyoreh japan
貞本氏の発想に比べれば、「平和の少女像」ははるかに貞本氏が求めるような古典的なアートであろうし、ずっと普遍的な強度をもっていると感じる。国家が自国の歴史にきちんと向きあうことができていれば、きわめて静かなメモリアルとしてそこに存在しただろう。
ちなみに、さほど私個人は現代アートや記念碑を表現として愛好しているわけではないので、少女像の表現としての巧拙は評価しづらい。
ただ、さまざまな映像作品を娯楽として親しんできた人間のひとりとして、従軍慰安婦問題をモチーフにした韓国映画『鬼郷』が貞本氏の要求にこたえることは確信をもっていえる。
『鬼郷』 - 法華狼の日記
完成作品を見ると、予想外に劇映画として純粋に評価できる内容だった。2時間を超えるシネマスコープの映像は、統一感があり大作感すらただよう。
趣味嗜好として現代アートを好まず、「面白さ!美しさ!」や「驚き!心地よさ!知的刺激性」のある作品を求めるならば、一見の価値は間違いなくある。
日本軍による加害の歴史を直視しがたいのではなく、純粋に作品として評していると本心から思っているならば、ぜひとも機会をつくって鑑賞してもらいたい。