法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『坂の上の雲』第13回 日本海海戦

最終回らしく、冒頭のメインタイトル演出の流れが変わっていた。EDは通常通り。


まずは全体の感想を最初に書いておこう。
正直にいって第一部は俳優と作中人物の年齢差が気にかかり、第二部は中だるみを感じた。そもそも「司馬史観」として自由主義史観者に悪用されていた作品を海老沢元会長のごり押しで映像化したような無茶な企画ではあった。
しかしドラマスタッフが慎重に原作との距離をはかろうとしていた様子はうかがえた。そして、当初の予定からは削られつつもふんだんな予算がそそぎこまれ、緻密な歴史考証も細部にいたるまで行き届き、日本の実写戦争映像として最高水準のものを見せてくれた。
批判するべき場面も多々あったが、見続けるだけの価値はあると感じられた。特に第三部は、第一部のような俳優と作中年齢の違和感がなく、第二部のように戦闘が中途半端ということもなく、戦争映画として満足のいく内容だった。


前回に続いて近年の日本実写作品としては最高レベルのVFXで大海戦が展開され、映像面では満足。東郷ターン中の攻撃で転落する水兵など、VFXの精度だけによりかからない全体を通した戦闘演出がなされていた。
別のセットを組んだのか日本艦のセットを改造したのか、ちゃんとロシア艦側にもセットがある。それぞれ艦隊の指揮官が外に出ているか内にこもっているか対比したり、ロシア軍の悲惨な状況を描いたり、秋山真之を主軸としつつも視野がせまくならないよう工夫されていた。


戦後史は沈痛なものでこそないが、日露戦争で登った坂を転がり落ちていく未来をうかがわせる作り。
賠償金が得られなかった不満が爆発した日比谷焼き討ち事件を描いたり*1、明治期の日本を賛美していたナレーションが途中から言葉を濁しつつ暗黒面へ言及したり、乃木と児玉のやりとりで悲惨な203高地の再現が行われることを感じさせたり。
特に、今後の日本を生きて見届けようという児玉の快活さに対し、言葉少なに何も変わりはしないとだけ告げて去っていく乃木の背中が印象深い。時代遅れの武士としてとらえられがちな乃木だが、悲惨な戦場で精神が壊れた者のように解釈できる演出だった。ロシア艦を見た場面の後に軍を辞めようかと悩んでいる秋山真之の描写とあわせ、快活なままの児玉よりよほど人間として正しいのではないかと見えたほどだ。
思えば、最初に乃木が殉死を試みた時も、単に軍旗を奪われたというだけでなく、西南戦争で敗走した直後ではなかったか。


また、同じ原作者が『殉死』という作品を書いているのに、乃木が後に殉死したことをいっさい言及しなかったことも興味深い。
乃木や伊藤の死だけでなく、日露戦争後に起きた様々な戦争も今回はほとんど言及されなかった。秋山好古が死に、三人の主人公全てが退場したところで余韻を断ち切るように物語が閉じられて、死の一年後に満州事変が始まったことは画面からはうかがえない。
有名な歴史上の出来事が入念に消されていることで、それを知っている視聴者は逆説的に不自然さを読み取ることができる。司馬遼太郎の原作が日露戦争を過大評価していることを、あえて過大に強調することで逆照射する……と断言するのは深読みすぎるとしても、短い話数で原作を逸脱できない制約の中で、現代に作った意味を感じさせるくらいの内容は提示できていたと思えた。

*1:三万人規模とナレーションしているのだから、もっとエキストラは増やしてほしかったくらいだが。