法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ハートキャッチプリキュア!』第29話 夏、ラストスパート!私のドレスできました!!

織本まき子演出に、稲上晃作画監督と、『怪談レストラン』から移行してきたスタッフ。今シリーズは平均値が高いため目立つカットは少ないが、デザトリアンの告白を聞いた内面の動揺を映すようにキュアブロッサムの髪が乱れていたり、キュアサンシャインが空中でしなやかな殺陣を披露した場面は印象に残った。


内容としてはサブタイトルの新作ドレスより、挫折をおぼえた自転車少年が主題になっている。
親友をえて風変わりな性格を恐れず見せるようになった主人公は、すでに感情移入の対象から狂言回しに移行している。その主人公が努力して目標に到達する姿と対比されることで、自転車少年の挫折がいっそう重くなる。
そうして描かれた挫折は、一筋縄にはいかない問題を多くふくんでいる。そのため、真相を皆の前で告白して解決した結末には、教師や主人公のフォローもあったとはいえ、どうしても粗さを感じた。物語を掘り下げすぎて、きれいに収拾できなかった感がある。
他方、あいかわらず敵幹部クモジャキーが体育会系の駄目な面ばかり見せるかと思えば、奇妙にいいところをついていた。そう、クラスで孤独をかかえていた少年に必要だったのは、抑圧的な反省ではなく、自己肯定できる気持ちだ。


ちょうど先日にNHKニュースで現実の自転車少年がとりあげられていた。その内容を批判するエントリを紹介しよう。
NHKのニュースに紹介された自転車の少年 - こどものおいしゃさん日記

走行シーンをみて、かわいそうにと思った。自転車的に間違える可能性のあるポイントはすべて間違ってるんじゃなかろうかと思った。大きすぎるマウンテンバイクに乗せられ、映画のイージー・ライダーみたいな姿勢で走らされていた。タイヤはブロックタイヤで、チェーンやスプロケットはずいぶん黒く汚れているように見えた。ヘルメットは通気穴もなく重そうな通学用白ヘル、手袋は軍手だった。水筒を持っている様子もなかったが、リュックにハイドレーションシステムを仕込んでいたのだろうか。

今回のプリキュアは、こうした細かいディテールをていねいに全て押さえている。ヘルメットや服装は自転車専用のもので、もちろん水筒も完備。よほど自転車好きなスタッフがいたか、きちんと現実を観察して取材したのだろう。きちんと準備がされているからこそ、挫折が重くなる。

自転車のよいところは、頑張れば予想外の長距離を走れるところではない。頑張らなくても予想外の長距離を走れるところだ。乗り始めの自転車乗りに自転車が教えてくれるのは、今の駄目な自分でも頑張ればできるんだという凡庸な教訓ではなく、今のままの自分にも自分自身知らなかった力がこれほど潜在していたのだという自己肯定である。であればこそ自転車に乗るのは希有の体験なのであって、頑張らなくてはきみはダメだとしか言わないのならオウム真理教の勧誘とかわらない。

この意味で、自己肯定が争点と見抜いたクモジャキーはいいところをついていた。てっきり、無理をしてでも目標達成するべきだったとクモジャキーが主張し、無理をして怪我を負っては意味がないとプリキュアが反論する流れとばかり予想していた。
ついでに、短い描写ではあったが、少年の告白に対して非難するクラスメイト達に対し、努力した分だけでも充分に凄いと指摘する教師も間違ってはいない。
逆に、すでに努力して達成しているキュアブロッサムの弁護は、優しさからであっても少年を傷つけるし、いずれ結果を出すことが擁護の前提になっているという誤読を導きかねない。自己肯定が争点と明確になったため、まだ幼い性格の主人公では問題を受け止めきれなかったのだろうか*1。いずれにしても、キュアブロッサムの堪忍袋の緒の切れ味がいつもより悪かったことは確か。
たとえば主人公が幼いなりに懸命の弁護をした後、教師のフォローを前面に出す順序にしても良かったはず。あるいは、怪我をしたという理由があって一つの坂をバスで超えたくらい当然だと同級生は受け取って、単に最初から正直にいえばいいとだけ指摘する描写にしてもいい。
それでも主人公の存在を重視するなら、たとえばメダルは完成したがドレスは未完成で、結末で再挑戦する少年と同期して主人公もドレスを完成させる、といった構成にするべきだったかもしれない。つまり達成した主人公と未達成の少年という対比表現を捨て、一種の同士として描くわけだ。
問題意識も掘り下げも良かったのだが、うまく落としどころが決まらず、残念ながら画竜点睛を欠く印象が残った回だった。


ちなみに同じ枠の少女向け東映アニメのOVAが、同じように自転車の旅と挫折を描いていた。『おジャ魔女どれみナ・イ・ショ』第1話「波乱のサイクリング 〜男の子のないしょ〜」だ。
こちらは少年達が協力して自転車の旅を行なうという展開で、決定的な挫折を認識し、目標を現実的に修正することで達成感をえるという落としどころが見事だった。孤独な少年の一人旅とは前提からして違うので単純に優劣をつけることはできないが、見比べてみると面白い。

*1:いや、現実の問題として直面すれば、私も人のことは全くいえないが。