法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『反日マンガの世界』は「嫌韓」をどう評したか

さて、何度か批判してきた『反日マンガの世界』だが、取り上げなかった頁にいたっては、現実の自然保護訴訟でも動物を登場させていることを知らない中宮祟氏*1東中野修道南京事件証拠写真」を検証する』を読者へ薦める桜井誠*2、【イラク戦争では、アメリカは「テロとの戦い」をイラクは「ジハード(聖戦)」を信じて戦った。正義と正義のぶつかり合いである。】と評する宮島理*3、といった程度の論者ばかり。
一部に納得できる評もないわけではないが、全体的には話にならない。そこで、『反日マンガの世界』が、「晋遊舎MOOK」というレーベルを共通する『マンガ嫌韓流』を、どう取り上げているかを見て、とりあえず終わりとしよう。


反日マンガの批判でよく見られるのが、作品のイデオロギーが強いこと、主張がトンデモであること、マンガとして稚拙なこと、といった論法だ。
たしかに、引き延ばし感がただよう中盤以降の『美味しんぼ』や、WEBマンガをまとめただけの『無防備マンが行く!』が表現として稚拙なことは同意できなくはない。しかし、この三つの基準に最も当てはまるマンガは『マンガ嫌韓流』ではないだろうか。
まず、『嫌韓流』に影響を与えた小林よしのり作品に対しては、意外と厳しい評価を下している書き手が多い。高澤秀次氏は『新ゴーマニズム宣言』を「著しく知性を欠いた言動」*4と、唐沢俊一氏も『戦争論』を「稚拙な政治的マンガである」*5と評する。
比べて、自社作品である山野車輪嫌韓流』シリーズには賞賛と批判が半々だ。桜井誠氏はキム・ソンモ『嫌日流』が登場した経緯について説明する際に『嫌韓流』を「虚構に満ちた韓国ファンタジーの世界を論破」*6と賞賛した。竹嶋渉氏はキム・ソンモ『嫌日流』を評する際に「つまり結論を先に決め、その上で自分たちに有利に書かれた一方的な主張だけを選んで漫画にしたわけである(これは『マンガ嫌韓流』にも共通する特徴である)」*7と言及する。


とりあえず、『反日マンガの世界』が虚構性を問わずマンガを俎上に上げている以上、マンガ作品としての巧拙をもって『嫌韓流』シリーズを批判してもかまわないだろう。
そこでマンガ作品としての出来を素直に比べれば、途中からネームばかりの絵物語と化しているとはいえ、かつて人気娯楽漫画家だった小林よしのり氏に軍配が上がる。人物の書き分け、背景の描きこみ、トーンワーク、技術面から見れば一目瞭然だ。歴史を扱ったマンガとして比べても、文字説明ばかりの山野作品に比べ、小林作品は絵物語の体裁にはなっている*8
なぜ『反日マンガの世界』が小林作品に対して厳しく、山野作品に対して甘くなっているかというと、出版元という要素以外に、比較対象と判断基準の違いが大きい。
小林作品と比較されるのは、雁屋哲という相応に著名な原作者によるマンガだったり、日本が誇る*9ロングセラーマンガ『はだしのゲン』。ある程度まで単体で成り立つマンガだ。
しかし、山野作品と比較されるのは反論本の『嫌日流』であって、単独で成り立つマンガとは原理的にいいがたい。『嫌日流』は題名からもわかるとおり、意識的に『嫌韓流』の表現方法を真似た感もある。つまり主張の表現方法にだけ注目すれば“どっちもどっち”という相対化が可能なわけだ*10


次に、ノンフィクションとして『嫌韓流』をどう評しているか見てみよう。
反日マンガを読むための基礎知識」を先日紹介したが*11、実は最後の項目が「マンガ嫌韓流」だった。読むと、様々な誤謬が国内からも指摘されたことを無視したい書き手の気持ちが伝わってくる*12

山野車輪が描いた嫌韓をテーマとしたマンガ作品(小社刊)。二〇〇五年七月に出版されて以来、その過激な内容が各方面で話題を呼んだ。翌年二月に出た続編とあわせた発行部数は六十八万部を記録。従来のマスコミでタブーとされてきた日韓問題に対して、韓国側の実状を強く批判する視点で描かれている。この作品の存在は韓国でもニュースになり、その反論マンガとして、二人の韓国人漫画家の手によって二冊の『嫌日流』が出版された。

「従来のマスコミでタブーとされてきた日韓問題」という説明は誇張が激しい。かつて韓国の軍事独裁政権を批判したマスコミが存在しなかったとでもいうのだろうか*13。あるいは金大中事件など、戦後の報道史を全く知らないのだろうか。マンガでも、韓国軍事政権をモデルにしたとおぼしき手塚治虫作品等が存在する。
具体的に『マンガ嫌韓流』が取り上げた問題でも、「竹島」は大手マスコミの大半が日本領土という政府主張をそのまま報じ、それは今も変わらない。他に「日韓併合」「強制連行」「謝罪と補償」「教科書問題」といった歴史問題でも、『諸君!』『正論』といった雑誌が『マンガ嫌韓流』より昔から韓国と争っていたことは有名だろう。
韓国という国家全体への批判という恥ずかしい主張でさえ*14、1993年に『醜い韓国人』という書籍がベストセラーになった過去がある。なぜ『醜い韓国人』が今は知られていないかというと、著者が韓国人を称しながら韓国への初歩的な誤解ばかりが書かれてあり、すぐ著者の正体も日本人と明らかになったからだ*15。部分的に韓国人の文章を翻訳していたが、勝手に自説をつけくわえており、「捏造」と呼ばざるをえない内容だった。
日韓併合」や「強制連行」を正当化しようとする主張も歴史学の検証に耐えず、自然と無視されていった。韓国批判は定期的に昔から出版され売れていたし、多くは主張の薄っぺらさゆえに自滅していっただけにすぎない。


実は、「基礎知識」の誤謬は『反日マンガの世界』末尾に収録された竹嶋氏の文章だけでも気づくことができる。しっかり『醜い韓国人』に言及しているのだ*16。残念ながら、言及をしているだけで内容は欺瞞といっていいが。

去る九三年には国際評論家の加瀬英明氏が『醜い韓国人』という韓国批判本を韓国人名で出版し、韓国ではこれに呼応する形で『日本はない』『日本の貧困』などという感情的な日本コキおろし本が出版され、ベストセラーになったという経緯があった。

韓国人名で韓国批判本を出版することと、国籍を韓国人と偽って韓国批判本を出版することは、大きく意味が違う。この文章だけでは、加瀬氏が当初から正体を明かして出版したかのようにも読めてしまう。
何より、数頁前に竹嶋氏自身が説明した『日本がない』の売れた経緯と、全く矛盾している*17

 韓国には日本に対する根強い反日感情が存在し、それは単純な「日本に対する反感」というレベルにとどまらず、「日本(人)に対する理不尽な偏見・蔑視・差別」というレベルにまで達している。そして、それは何の制動装置も働かないまま、野放し状態になっている。

(中略)「日本から学ぶものなど何一つない」と豪語する内容の『日本はない』という反日エッセイ集がベストセラーになったりしていたのである。

さて、呼応して出された批判や反論の類いをもって、野放しと呼べるだろうか。もちろん批判本や反論本の内容が誠実でなかったり、同程度の内容であったりすれば好ましくないが、少なくとも差別的な主張を始めた側のいえる発言ではない。


一度ふれたが、『反日マンガの世界』で取り上げられた『嫌日流』も『嫌韓流』に対する批判本だ。
竹嶋氏のコラムには、補足するように『嫌日流』から一コマが引用されている。そこで主人公の叫ぶ台詞は以下の通り*18

日本人が『嫌韓流』のような本を広めれば広めるほど
日本人が読めば読むほど
韓国人はこう思うでしょう
「本当に気の毒なやつらだ!」

翻訳の問題かもしれないが、日本人全般が『嫌韓流』のような書籍を広めたり読んでいるかのように読み取れる「日本人」という表現は、日本人の一人として確かに困る。現実には、書店が発表するベストセラーという、売上げ工作しやすい場面で目立っただけで、二作合わせて類型68万部という公称は、マンガとして必ずしも売れ行きがあるわけではない*19
しかし民族を差別する発言がなされ、民族を差別する書籍が流通し、一部で好まれることは世界中で普遍的に見られる現象だ。そしてそうした発言や書籍を見ると、確かに「本当に気の毒なやつらだ!」と思うこともある。いや、マンガのキャラクターみたいに「!」をつけるほど熱くはならないにしても、そう批判すべき感覚とは思えない。
しかし、『反日マンガの世界』がつけた文章は以下だ*20

主人公のキム・ハンスは「日本人は気の毒なやつらだ」と真顔で熱く語る。このように一方的な主張を垂れ流すだけの展開が続く。

引用されているコマに関していえば、日本人全般ではなく、あくまで『嫌韓流』を好んで広めたり読んだりしている「日本人」を指して「気の毒なやつら」と呼んでいる。
そして注目したい言葉が「一方的」という表現。最初に一方的な主張をしたマンガは何だったのか、一方的な主張に対する反発を「一方的」と呼ぶべきか、それを省みる態度はやはり存在しないのだ。

*1:美味しんぼ』の雁屋哲氏が動物の心情を代弁していることをオカルトと批判しているのだが、「アマミクロウサギ訴訟」のような自然保護活動について無知としか思えない。

*2:131頁。

*3:114頁。相対主義に持ち込みたいなら、イラクに対して軍事独裁を批判すべきだったろう。

*4:78頁。雁屋哲『蝙蝠を撃て!』と瓜二つな欠点として。

*5:94頁。『はだしのゲン』も同様、と主張するために持ち出した。

*6:それぞれ130頁。マンガ技術としての評価ではないが。

*7:166頁。

*8:多くの歴史を題材とした名作マンガとは、もちろん比較にならないが。

*9:皮肉をふくめた表現。

*10:もっとも、この見方でさえ、二作の『嫌日流』でもキム・ソンモ作品は、韓国におけるベストセラー作家によるものだけあって、『嫌韓流』はもちろん日本の一般マンガと比べても作画技術は高い。

*11:http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20080911/1221175647

*12:47頁。

*13:この点では、むしろ中道もしくは左派こそ韓国批判をしてきたといっていい。大手新聞にしても、朝日新聞の軍事政権批判が韓国民主化闘争の支えになった時期があったと『特派員が見た「紛争から平和へ」 人々の声が世界を変えた!』で言及されていた。朝日新聞については有名な逸話ということもあり、感想ではふれなかったが。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20071101/1193933237

*14:政治体制の問題や法制度の問題から国家全体を批判することや、そもそも属性を元に他人を選別しようとする態度は、現代ではただの差別にすぎない。

*15:http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/hatsugen/korea-minikui.htmちなみに『醜い韓国人』への批判本である『醜い韓国人が醜い日本人に答える』だが、意外なほど韓国人へ批判的な視点を持っている興味深い内容だった。

*16:163頁。

*17:161頁

*18:165頁。改行位置変更。

*19:もともとマンガが一般書より売れる傾向にあることは、小林よしのりゴーマニズム宣言』では自覚的に言及されていた。

*20:おそらく竹嶋氏ではなく、編集によるものだろう。