法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『狼と香辛料』支倉凍砂著

電撃小説大賞の銀賞を獲得したライトノベル
中世欧州風味のファンタジー世界を舞台に、行商人の主人公ロレンスが、豊穣神「賢狼ホロ」が姿を変えた半獣少女に振りまわされながら関係を育んでいく。


文明の進歩で衰退する地方の文化といった面から導入しつつ、基本は商人同士の知恵比べ。そうして騙しあいのゲーム的要素を楽しませながら、適度に活劇から泣かせる場面まで存在する。導入部もていねいに伏線として回収する端正な物語構成で、無駄を感じさせない。ライトノベルの売りとして多用される美少女や美少年キャラクターもヒロインのホロだけと、抑制されている*1
中世ファンタジー世界で商業が主軸で、それも冒険物ではなく貨幣の再発行をめぐる陰謀劇という点は特異だが、その他は教科書的とすらいえる安心感ある話運び。
さらに終盤では、あえて中世ファンタジー世界で発展途上の商業を主題とした意味も出てくる。それと同時に、冒頭から少しずつ語られていた豊穣神の内面が深みを増す流れは、定石とはいえ感心した。


ただ、ホロのキャラクターは「少女の外見を持ちながら老獪な獣神」そして「ツンデレ」というパターンから一歩も出ていない。主人公も嫌味がないキャラクターではあるものの、同時に個性を消しすぎている。全体的に、ゲーム的なプロットを転がすため作られた登場人物という感が強い。ていねいに過程をふみながら付かず離れずの描写をしており、それなりにキャラクター小説としても楽しめるが、一作目だけでは弱い。
また、文章表現の問題が後半に行くにつれ増えていく*2。後書きで受賞後に書き直す苦労が語られているくらいだし、推敲が間に合わなかったのだろうか。
ついでに、口絵は良いとしても、本文の挿絵は感心できなかった。ほのぼのとした場面は悪くないが、恐怖感を煽るべき絵が平面的で少しも怖くない。


薄く、口当たりの良い物語といった印象。読みやすさや軽さは、けして欠点ではない。

*1:この無駄の無さは、結果的にだが、アニメ化の際に美少女キャラクターを増やせる余裕を持たせている。

*2:300頁における「すべからく」の誤用はよくあるミスとしても……