法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

戦後レジームの前に脱却すべきことがある

6月24日のことだが、地方新聞に載っていた『「戦後レジーム脱却」問う』なる特集を読んで、ひっくり返った。
形式としては、安倍首相の用いる「戦後レジーム脱却」というテーマで、下村博文官房副長官小熊英二慶応大教授が個別にインタビューを受ける内容。
小熊教授は平易な言葉を使い、定石的な批判。凄いのは、下村官房副長官の認識だ。


まず「―民主主義国の指導者が「体制脱却」を主張するのは理解できないとの指摘があります。」という問いに対する回答。

「全然違います。戦後レジームからの脱却は、日本が未来思考で二十一世紀の世界の中でどういう役割を果たすかという考えから生まれています」

「平和主義、専守防衛は必要です。しかし一国平和主義でなく、古来の日本主義的な考え方が世界から求められている中で、国際社会にどう貢献していくかです」

下村氏の考える「世界」や「国際社会」の範囲はあえて問わないが、「未来思考で」「古来の日本主義的な考え方」って何なんだよ。
次に「―まず憲法改正が必要ですか。」という問いへの答えを見て、同様に驚かされる。

「戦後六十年で時代が変化したのに、不磨の大典として修正も改正もされていない。より幸せな生活を保障する憲法が古色蒼然(こしょくそうぜん)のままで、時代とのギャップが生まれている。また自ら憲法を制定することで創造的な日本(づくり)を象徴することになります」

戦後六十年で古色蒼然のままだというなら、古来の日本主義的な考え方とは、いったいいつの時代なのだろうか。
同じ問いの冒頭に戻ると、下のような主張もしている。

「戦前回帰ではありません。日本は二千年以上、昔の皇紀でいえば二千七百年の長い歴史、文化を持った国です。その歴史軸の中で今の体勢は異常です。

日本が歴史資料に記録されたのは魏志倭人伝が最古なはず。古事記日本書紀が成立したのはずっと後。つまり信頼できる記録が残されているのは、せいぜい西暦2世紀から3世紀。……2000年以上どころか、せいぜい1800年くらいしかさかのぼれないのだが。しかもそのころ日本はシャーマンの女王が国を統べていたし、国境や国家の概念も現代とは異なる。当時は中国の力で政治が動いていた様子も判っている。以降の歴史でも、朝貢貿易や黒船のように、外国の圧力や権威で政治が動いていた例は何度もあるのだが。
そもそも、戦前に誕生したフィクションに過ぎない皇紀を根拠にして戦前回帰を否定する時点で、ツッコミ待ちのボケにしか思えない。また、皇紀という概念が生まれて百年も経ってないのに長い歴史なのかという疑問もある。まあ60年で古色蒼然とするのだから、ある意味で一貫性はあるが。
ちなみに去年が皇紀2666年なのだが、2700年というのは四捨五入かな。なんだか日本の歴史をさらに水増ししようとしているとしか思えないのは、私の邪推かな?


重ねて下村官房副長官、「―戦後日本は「成功モデル」ではないですか。」なる問いに答えて曰く。

「短期間に経済成長したのは世界の奇跡でしょう。しかし部分的には失敗モデルになるかもしれない。精神的に失った部分もたくさんある。伝統、歴史をきちんと教えることは大切です。戦後民主主義は一定の成果は果たしたが、そういう教育がされていません」

うむ。伝統、歴史をきちんと学ぶことは大切だね。切に思う。


参考に小熊教授の主張も少し引用。

「戦後といってもいつのことでしょう。憲法は敗戦直後に、日本型経営は高度成長期に広まった。ごちゃ混ぜに戦後レジームというのは乱暴です」

個別にインタビューを受けたらしいので、まさか相手が皇紀を持ち出すくらい乱暴とは思わなかっただろうな。