喪失感をかかえた少年が、家族につれられて田舎へやってくる。そこは少年にとって優しくも、どこか表面的な世界。やがて少年は周囲に出没する鳥を気にするようになり、危険な行動をはじめていく……
宮崎駿の原作脚本監督による、2023年7月14日公開のアニメ映画。吉野源三郎による同名の書籍やコミカライズは未読だが、物語を追うことに支障は感じなかった。
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まず公開されていなくて気になっていた映像だが、予想よりも劇場作品らしい絵コンテ、緊密なレイアウトになっていた。
窓枠や柵をこえて回廊をすすむカットの多用が、平面なはずの手描きアニメに世界の奥行きをもたらし、異界にむかう主人公のドラマとも一致する。
『ハウルの動く城』以降、描線が太く溶けていった宮崎駿作品には良くも悪くも年齢を感じていた。しかし本田雄が単独作画監督として入った今作は、キャラクターの全身が連動して動いて肉体の上を衣服がはためきながら、骨格が崩れずシャープな印象をたもっている。
悪夢めいた大平晋也*1作画を、臨場感あふれる主観に満ちた映像として提供されたことで、作画アニメとしても期待以上に満足できた。巧すぎて浮きがちな作画だが、これまでのスタジオジブリ作品と違って作画修正をほとんど入れず成立する場面に配置している。
かつて宮崎駿も参加した『どうぶつ宝島』のリアルでいてシンプルに描きやすく記号化した波作画を、複雑なディテールを加えつつ発展させたような中盤の波作画なども目を引いた。
原画はもちろん大平晋也の他、大谷敦子や大塚伸治などの宮崎駿作品の常連がそろっている。不思議なことに『かぐや姫の物語』*2で活躍した田辺修は動画にのみクレジットされている。他に作画協力として国内の有力アニメスタジオが複数クレジットされているので、おそらくノンクレジットの著名アニメーターも多数いるだろう。
公開直前まで試写の情報が流れず、タイトルとポスター1枚のキービジュアルしか発表されなかったことに広報戦略の妥当性が論じられていたが、まったく情報をもたず鑑賞できたことで作品としての意味が納得できた。
ジブリ新作「君たちはどう生きるか」宮崎駿監督10年ぶりの映画が公開 | NHK | 映画
今回、スタジオジブリは観客にまっさらな気持ちで見てもらいたいと、事前にタイトルと、鳥のキャラクターが描かれたポスター以外、内容に関する情報を明かしていません。
この映画は予断をもたないほど楽しめる。致命的な情報のみ隠せばネタバレを回避できる構造ではなく、途中の出来事や人間関係を少しでも見せればジャンルが明らかになってしまい、それだけで驚きを減じてしまう。ゆくすえのわからない旅路への不安と緊張感も薄れてしまう。
その内容だが、タイトルから恐れられていたような説教臭さはない。たしかに辛気臭くはあるが、主人公をとおして観客へ生きかたをつたえるような教育映画ではなく、いろいろな意味で地獄のような世界を主人公が生きのびる冒険活劇になっていた。
たしかに宮崎駿を思わせるキャラクター*3が登場して、主人公に選択をもとめる局面もある。物語の中心で異界と現実をむすぶ塔をスタジオジブリの隠喩と読むことはたやすい。宮崎駿が魅力的に描いてきた飛翔する存在も、醜悪で危険な怪物として描かれる。しかし作家が観客を教え導く構図にはならない。あたえられた選択肢に主人公が興味をしめさないことで、むしろ宮崎駿から先人から何もかもを継承する必要はないという文脈が生まれている。同時に、主人公が興味をもっていない方向にも世界があることで、このジャンルとしては広い視野のドラマにもなっている。
ジャンルが明確化されていくにつれ、前例となる作品もいくつか連想した。特に、宮崎駿をリスペクトしていることで知られる外国の映画監督の代表作*4に構造が酷似している。その主人公と髪型が似た少女も重要な役割で登場するくらいだ。もちろん盗作というほど似ているわけではなく、あくまで同じようなジャンル横断型のジャンル作品ということ。たとえばスタジオジブリ作品でいえば『思い出のマーニー』*5も構造が近い。
そうして世界を横断しながら、地獄めぐりのような体験をした主人公は、輝ける可能性に見向きせず、喪失を埋めることもできない。ただ喪失を受けいれるように物語化して、幻想が弱まるように飛び去るのを見送るだけ。
たがいに憎しみを隠していても血がつながらずとも家族になることがあると理解して、激動が終わった時代を主人公は生きていく。喪失した過去を認めることで、はじめて現状が維持できるかのように。