法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『デリシャスパーティ♡プリキュア』第44話 シェアリンエナジー!ありがとうを重ねて

招き猫の機能で「ほかほかハート」が復活し、合流したキュアプレシャスと仲間たちはおにぎりを食べて回復。フェンネルとの決戦に挑む。フェンネルはゴーダッツとして巨大な怪物となり、スピリットルーたちを世界にはなって力をうばい、ふたたびプリキュアをしりぞけるが、巨大招き猫やセクレトルーやナルシストルーがたちむかう……


平林佐和子シリーズ構成の脚本に、深澤敏則シリーズディレクターの演出*1作画監督も板岡錦と藤原未来夫と油布京子のエース級ローテとキャラクターデザイン、さらに原画に森田岳士や黒柳賢治などが参加した総力戦。
アバンタイトルなどは現代的な作画アニメらしい、フォルム優先で描き込みを少なくしたスタイル。しかしキュアプレシャスを中心としたBパートの決戦は、白いハイライトを散らした光沢感ある珍しいスタイル。シリーズ初代の必殺技などの作画を担当して、近年はサンライズのロボットアニメで活躍している冨田与四一のキャラクター作画を思わせるが、フォロワーの仕事だろうか。
冨田与四一のスタイルはアニメ全体では珍しいが、志田直俊や藤原未来夫など、このシリーズでは不思議と継承されている印象がある。良くも悪くも許される作画の幅が広い東映の長期アニメならではの作画なのかもしれない。


物語については、ここまで空虚なラスボスはひさしぶりな印象がある。前作*2のように空虚さが停滞というテーマとむすびついているわけでもない。料理というメインテーマではなく、そこから派生したシェアや文化の継承というサブテーマには関連しているが、想像したよりもスケールの小さなドラマとして終わろうとしている。
文化の継承というサブテーマの位置づけそのものは悪くない。祖母の言葉の限界にむきあった第39話*3から進んで、キュアプレシャスが自分の言葉を獲得するドラマが描かれ、後継者になるという形式だけを求めていた敵の挫折を必然と示していった。そのクライマックスで、これまでにおわせてきた祖母の死を、遺影をつかって正面から映したことも印象的だった。もちろん死や喪失を描いたエピソードはシリーズに複数の前例があるが、各話の挿話ではなく決戦の瞬間に描写した意味は大きい。思えば祖父母との別離や死もまた新型コロナ禍の現在ならではのテーマといえるだろう。
また、前回にレシピッピを生みだした招き猫がプリキュアの戦いにも参加するところも、師匠や祖母の想いを受けつぐドラマとしての意味はあった。しかしビジュアルとしては、『ドキドキ!プリキュア』第48話*4や『魔法つかいプリキュア!』第49話*5でかわいい妖精の姿のまま巨大化して決戦に参加する前例のインパクトは超えてくれなかった。初めて視聴する子供にはインパクトがあるだろうし、シリーズファンにとっては旧作へのオマージュとして楽しめただろうとは思うが。何より、ジンジャーの意思が巨大招き猫の上に立つ描写そのものはロボットアニメのような良さはあったが、それゆえ大人の男が介在することは少女たちが戦う主体性をうばわないかという疑問もおぼえた。たとえばジンジャーの立体映像が消えた後、プリキュアの誰かか、せめてローズマリーが招き猫の上にあらためて立つような継承を描けば、また印象が変わったと思うのだが……

*1:絵コンテを共同で担当する手塚江美は演出助手が多く、近年に絵コンテを担当するようになった若手らしい。しかし検索すると、さらに以前は他社で作画監督をつとめているらしい。同姓同名の別人という可能性を感じるが。

*2:hokke-ookami.hatenablog.com

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