法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『アクエリアス』

話題性ばかり重視する舞台監督が、リハーサルをぬけて捻挫を治療しにいっていた女優を降板させてしまう。しかし女優が治療のため近くの精神病院と往復した時、脱走した元俳優の患者がスタジオに入りこんだ。フクロウのマスクをかぶった殺人鬼の殺戮がはじまる……


1987年に公開されたイタリア映画。『デモンズ』シリーズの後半を担当したミケーレ・ソアヴィ監督の初長編劇映画。

イタリア発にしては普通のスラッシャーホラー。舞台の大道具で人体を損壊する描写もイタリアらしい悪趣味というより、『13日の金曜日』シリーズ*1くらい米国でもありふれた描写にとどまる。
しかし普通だからこそ、低予算の新人の初監督長編と思えば悪くはない。DVDのライナーノートによると100万ドルの予算だったそうだが、スタジオ内の舞台セットはきちんと作りこんでいるし、パトカーや救急車をたくさん用意する場面もあるので、見ていて予算不足は感じなかった。
豪雨のなかで鍵を盗まれて逃げられなくなったスタジオという適度な閉鎖空間も良かったのだろう。一般的な屋敷や店舗ならいくらでも逃げられそうだが、防音のため窓もなく壁も分厚いだろう特殊で見なれない空間のため、逃げられないことの説得力はそこそこあった。むしろ壁ひとつへだてて警官が待機しているのに逃げられない不条理さに味わいが出ている。
さすがにマスク*2をかぶった精神病患者ひとりに大人数が次々に殺されていく展開は無理を感じたが、良くも悪くもスラッシャー映画の典型ではあるので許せる。少しでも説得力をあげるためか、人数が圧倒している時点で返り討ちにしようと全員で武器をもって敵をさがしはじめたり、物語の都合でさけがちな展開もきちんと入れている。そこから広々とした舞台から圧迫感ある屋根裏など、登場人物の移動によって閉鎖環境でも情景が変化していく。
俳優も全体的に悪くない。外で待機しているジェームズ・ディーン似の若い警官として監督もカメオ出演しているが、けっこう雰囲気ある。


ただ、捻挫を治療しようと舞台をこっそりぬけた女優がメイクや衣装を変えてないのはいいとして、さすがにハイヒールのままなのは首をかしげた。他の病気ならともかく捻挫だよ?! 足をひきずるのは日常にもどってからで、殺人鬼に追いたてられる場面ではなんとか走ってしまう描写も、あまり脚本の意図を映像化できていない感じがあった。たぶん中盤のハシゴをうまくのぼれない描写も捻挫設定を反映しているのだろうが、そうとはっきり説明されていないので効果が薄い。
また、タイトルの「アクエリアス」は意味を説明されると理解できるのだが、それだけをぬきだした邦題は地味に良くなかった。映画公開の数年前に販売開始されたスポーツドリンクのイメージがまず来てしまう。
アクエリアス | 製品情報 | 日本コカ・コーラ株式会社

スポーツ飲料「アクエリアス(Aquarius)」は、1983年4月に発売を開始しました。その名前は、英語で星座の水がめ座を意味します。

その先入観を排そうと水瓶座の意味と意識しながら視聴していたのだが、最後までそれらしい描写がなかった。DVDのライナーノートを見て初めて理解したが、このアクエリアスは金魚鉢の意味だった。なるほど、序盤の精神病院で水槽のミノカサゴへ看護士が餌をやっている描写はさりげなくも印象的だった。薄給の舞台でなんとか生活している登場人物の立場は、見世物としてせまい環境に閉じこめられた金魚鉢の魚と重なりあう。いざその閉鎖空間に捕食者がほうりこまれると環境が壊滅することも。

*1:hokke-ookami.hatenablog.com

*2:鳥の頭をした謎の男というイメージはさまざまな映像作品で見かけることがあるが、ひょっとしてこの作品が原型なのか、それともさらなる源流があるのか。 hokke-ookami.hatenablog.com