法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『長沙里9.15』

南下する朝鮮人民軍に対して、米国と韓国の連合軍は仁川での大規模な反転攻勢を計画していた。その陽動のため、まともな訓練もしていない学生兵を朝鮮半島の反対側、嵐の夜の長沙里へ上陸させるが……


朝鮮戦争を舞台にした2019年の韓国映画。『タイフーン』『暗数殺人』を手がけたベテランのクァク・キョンテクと、プロデューサーやドラマの総集編映画などをやっているキム・テフンの共同監督。

長沙里9.15 [DVD]

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  • キム・ミョンミン
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数年前にも『オペレーション・クロマイト』として映画化された仁川上陸作戦の、裏側にあった陽動作戦を開始から終結までを約百分かけて描く。
hokke-ookami.hatenablog.com
朝鮮戦争をテーマにした韓国映画は『ブラザーフッド*1や『高地戦』*2のように傑作も多いが、ナショナリズムや反共思想が強すぎる作品もある。
一方この作品は良くも悪くも戦闘描写ばかり力を入れて、状況が一段落するごとに最低限の人物描写だけ挿入する。良くも悪くもストーリーやドラマの妙味はほとんどない。
分断国家らしい敵味方の関係性や軍隊内の不信感、学生兵の奮戦を報道しようと後方で奔走する米国人の女性記者など、興味深い描写も断片的にすまされていく。
陽動のため自己犠牲を求められた若者という普遍的に感情移入をさそうドラマしか残らない。それも定番をなぞるだけで固有の歴史を感じさせない。
印象に残ったのは、こうした歴史の影に隠れがちな犠牲を報道することの意義を、同時代の女性記者の主張としておりこんだことくらいか。


ハイレベルなVFXで描写された冒頭の嵐の海にはじまり、大規模なオープンセットによる高低差のある陣地戦、不足する戦力で戦車隊を迎え撃つための奇襲など、韓国映画らしい充実した映像は楽しめる。
しかし敵地で判断が遅れたせいで犠牲が増えたように見えたり、撃たれる直前で長々と敵に姿をさらしているように見えたり、泣かせる展開の都合で間が抜けた行動をさせていることが緊張感をそいでいる。
全体として気になるような粗はなく、必要充分なリソースをそそぎこんだ映像は安心して見ていられるが、だからこそ技術プロモーション的な作品でしかないと感じてしまった。
戦闘描写の比率が多い映画で前線と後方の群像劇を描きたいなら、せめて二時間以上は必要だったろう。