法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

自民党参議員の山田宏氏が弾圧しようとしている百科事典ポプラディアの記述は、おおむね歴史学的には妥当と思われる

ツイッターで情報提供されたことを受けて、山田氏が「酷い」と評して「対応策を検討」すると表明していた。


ありがとうございます。
早速確認しました。酷い「百科事典」ですね。
対応策を検討します。

はてなブックマーク等でインターネットの反応を見ると、おおむね表現や言論、学問の自由に対する弾圧として批判的にうけとめられているようだ。
[B! 自民党] 山田宏 自民党参議院議員 on Twitter: "ありがとうございます。 早速確認しました。酷い「百科事典」ですね。 対応策を検討します。 https://t.co/XX0oDJJuLX https://t.co/JGv0iq19AK"
しかし一部に百科事典の記述が誤りとみなすコメントもあり*1、これは与党議員のふるまいとは別個に論じられるべきだろう。


まず、「慰安婦」項目での「強制連行」がおこなわれたという学説について、全否定もしくは一部の例外であるかのように評する意見がある。

のちに朝鮮や中国、東南アジア各地の占領された地域の女性たちが強制連行で慰安婦にされることも多くなった。

id:RATCHO いつになったらはてサは強制連行のソースを提示して論理的に反論してくれるんだろうか(証言じゃなく)

id:masudatarou 慰安婦は強制じゃなくて私募だし(オランダ人を強制慰安婦にした例はあった) 後強制連行じゃなくて徴用でしょ 正確な言葉を使ってほしいね

id:reuteri 正しいとは言い切れない。「慰安婦には人身売買業者により本人の意思に反して連行された婦女子が含まれ、日本軍もそれを放置した。また、日本軍自体が強制連行に関わることもあった(白馬事件)」←私はこういう認識

id:pikix 「朝鮮や中国、東南アジア」で「強制連行で慰安婦にされることも多くなった」という記述について「内外の史学会で合意がとれてる」わけがないだろう。募集や徴用が「強制連行」なら現代韓国は「強制連行」国家なの?

id:preciar この期に及んで「強制連行」って書いちゃうのを擁護するの、左派は朝日新聞も認めたデマと心中するつもりなの?表現の自由はデマに対する抗議を受けない自由じゃないでしょ?

id:adatom え?はてブサヨ連中の知能やば。未だに"強制連行"を"内外の史学界で合意がとれてる最低レベルの歴史的事実"と言っちゃう id:sink_kanpf 筆頭に脳死しすぎ。まさか"ことも"だから極少数事例でもOKとか逃げる気じゃないよね?

単純な事実として、日本の複数の歴史学会が連名で表明した声明があり、そのなかに「強制連行」がおこなわれた地域の広さ、言葉のしめす範囲の広さに言及したくだりがある。
「慰安婦」問題に関する日本の歴史学会・歴史教育者団体の声明 – 日本史研究会

強制連行された「慰安婦」の存在は、これまでに多くの史料と研究によって実証されてきた。強制連行は、たんに強引に連れ去る事例(インドネシア・スマラン、中国・山西省で確認、朝鮮半島にも多くの証言が存在)に限定されるべきではなく、本人の意思に反した連行の事例(朝鮮半島をはじめ広域で確認)も含むものと理解されるべきである。

この声明では、2014年に朝日新聞が撤回した吉田清治証言ひとつに強制連行説が依拠していなかったことも言及されている。
声明に参加しなかった歴史系の学会もあるが、少なくとも声明に対立する見解を表明した学会は見当たらない。ポプラディアの記述は史学会の合意した範囲と考えるべきだろう。
ちなみに「朝鮮人強制連行」という歴史用語は官憲の直接的な募集にかぎらない。もともと下請け業者の詐欺などもふくめた動員を指している。
朝鮮人強制連行とは - コトバンク

初めは炭鉱・土木など会社による募集の方式だったが,1942年から朝鮮総督府下の「官斡旋」方式になり,'44年から国民徴用令が適用された。

先述の、朝鮮半島で官憲が直接的に女性を集めたという吉田証言だが、著作では「朝鮮人の強制連行には三種類あった」とも記述されていた。
吉田清治『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』を読む - 法華狼の日記

民間人が騙して募集することを「強制連行」にふくめ、それが官斡旋より多かったことも明記している。

吉田証言は労働者の強制連行についての記述だが、それ以前の1975年の新聞記事に「だまされ強制連行『慰安婦』に」という見出しが確認できた。
慰安婦を騙して集めたことを、1975年の新聞記事は「強制連行」と表現していた - 法華狼の日記

騙されて集められても「強制連行」と表現し、それを本文だけでなく見出しでも明記している。1975年の記事だから、従軍慰安婦強制連行説の原因と名指しされがちな吉田清治証言とは、もちろん関係ない。


もう少し難しい論点として*2、ポプラディアの「強制連行」項目で「挺身隊」と「慰安婦」をむすびつけた記述がある。

多くの女性を女子愛国奉仕隊、女子挺身隊といつわって日本軍の慰安婦にした。

id:oktnzm 2枚目の『女子挺身隊といつわって、日本軍の慰安婦とした』は明確に誤り。cf.https://www.asahi.com/articles/ASG7M01HKG7LUTIL067.html 不勉強な人間が書いてるのは間違いないね。すぐ表現の自由言い出す連中は嘘も擁護したいのかね?

id:daishi_n 山田太郎もついでだから巻き込まれてくれ。確かに2枚目の挺身隊は誤りだから訂正入れるべき。現地含めた民間が挺身隊と偽って集めた可能性はありえるけど、そこまで検証できてるかは微妙

id:augsUK 議員が「対応」すると圧力にしかならんから、この公言自体もよくない。 //2枚目の「女子挺身隊と偽り」からすると、90年代の朝日新聞的論調から書き換えてないんじゃないかな?辞典はアップデートをした方がいい。

[B!] 『山田宏 自民党参議院議員 on Twitter: "ありがとうございます。 早速確認しました。酷い「百科事典」ですね。 対応策を検討します。 https://t.co/XX0oDJJuLX https://t.co/JGv0iq19AK"』へのコメント

id:pikix 「田畑ではたらいている人をとらえて連行」「女子挺身隊といつわって日本軍の慰安婦にした」「戦後に帰国のための支援を受けることができず」 進化論の項目にID説を載せているようなものだ。

まず、女子勤労挺身令にもとづく労働力の動員と、日本軍慰安所制度による女性の奴隷化は、制度としては異なる。労働をしいられた女性が、娼婦にされたという偏見に苦しむこともあったという。
しかしそれゆえに、ポプラディアの記述は正確を期していることがうかがえる。同一の制度であれば「いつわって」動員したという文章にはならない。
被害証言でなくても、たとえば光人社NF文庫におさめられた日本兵の手記に、神田主計中尉の証言がある。「女子挺身隊」や「女子愛国奉仕隊」は集めるための美名という位置づけだ。
a-1104 – 日本軍慰安所マップ

中尉はここで声を落として、「彼女たちは、女子挺身隊とか、女子愛国奉仕隊とかの美名で、朝鮮の村々から集められたらしい。18歳から23歳までの独身女性で、仕事は軍衣の修繕、洗濯等の奉仕であると説明されての強制徴用であるようだ。連れてこられて、仕事の内容を知り動顚するが、もはやどうするという自由はない」

朝鮮人強制連行を専門的に研究している外村大氏も、2017年の文章で制度としては別個と指摘しつつ、募集時に利用したこともあったと考えるべきとしている。
http://www.sumquick.com/tonomura/note/pdf/170804.pdf

戦時下の朝鮮において、挺身隊を募集していると言われてそれに応じた女性が慰安婦とさせられた、ということは、現実に起こっていたと考えるのが妥当である。慰安所がどんな場所であるかを話した上で、誘引人が慰安婦となってもよいという女性を見つけて連れて行くことは困難というよりほとんど無理であっただろう。したがって、誘引人たちが女性たちを連れ出すためには様々な虚偽なり脅しなりが行われることになる。その際に、挺身隊の話を持ち出すこともあったと考えるのが自然だろう。

外村氏の文章は、そもそも「挺身隊」という言葉は1943年以降に決定された政策的な組織のみを指すのではなく、国家に奉仕する名誉ある集団への呼称でもあったことを指摘している。
また朝鮮半島における詐欺的募集において、日本内地よりも挺身隊の美名を利用しやすかった可能性なども論じている。少し長いが、女子挺身隊と日本軍慰安所制度の「混同」について知りたいなら読んで損はない。

*1:id:keshimini氏の「この議員の発言は表現の自由的にアウトだと思うけど、表現の自由を掲げてこの人を叩いている人は当然「強制連行などなかった」と記述する自由も認めるんだよな? 俺は両方認められるべきと思うが。」と、表現として同等に妥当であるかのようなコメントもある。またid:colonoe氏の「表現の自由戦士がどうとか書いてる連中、デマを流して他者を攻撃する自由を守ろうとしてる人がいると思ってるの? そんな人がいるなら屏風から出してよ」というコメントは、デマが表現の自由範囲外という見解はともかく、ポプラディアの記述もそうしたデマという主張だろう。

*2:引用したコメントのなかでも、daishi_n氏については微妙な表現の違いを理解し「微妙」とも表現しており、「誤り」と断言したところ以外はそう悪くはない。