法華狼の日記

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「従軍慰安婦」という表現をつかわないのはいいのだが、閣議決定の根拠には大いに問題あり

従軍慰安婦」や「強制連行」といった歴史用語について質問した維新の会の馬場伸幸氏に対して、「慰安婦」という用語が適切と答弁したという。
「従軍慰安婦」表現は不適当 「強制連行」も 政府答弁書 教科書は使用 - 産経ニュース

答弁書では、平成5年の河野洋平官房長官談話で用いられた「いわゆる従軍慰安婦」との表現に関し「当時は広く社会一般に用いられている状況にあった」と説明した。ただ、その後に朝日新聞が、虚偽の強制連行証言に基づく報道を取り消した経緯を指摘した上で「『従軍慰安婦』という用語を用いることは誤解を招く恐れがある」とし、「単に『慰安婦』という用語を用いることが適切だ」と明記した。

 政府が現在も河野談話を継承していることが根拠となっており、表現の在り方をめぐり政府内で食い違いが生じる形となっている。

国際的に不充分と批判されている日韓合意だが、河野談話を撤回しない状態で「今回の発表により,この問題が最終的かつ不可逆的に解決される」*1と発表したこともたしかだ。
範囲外の第三者国でまで表現を抑圧するため合意をもちだしている日本政府が、今さら不可逆な合意の撤回を主張するのだとしたら、ある意味で興味深いふるまいではある。


馬場氏の質問と政府の答弁は下記ページの97番と98番で確認できるが、当然のように政府見解にも歴史学にも反した内容になっている。
www.shugiin.go.jp
たとえば「平成四年の政府調査等では、慰安婦に関して軍や官憲による強制連行を直接示す資料は見つかっていない」という前提で質問をはじめているが、その時点でも日本軍が女性を直接的に連行*2したスマラン事件の資料を日本政府は把握していた。
hokke-ookami.hatenablog.com
また、「あたかも女性たちが強制的に連行され、軍の一部に位置付けられていたとの誤った理解を日本国内のみならず国際的にも与えてしまっている」というが、「従軍記者」や「従軍牧師」のように「従軍」は強制を必ずしも意味しない。
むしろ自発的な印象すらあるために、被害者側から「従軍慰安婦」という表現をさけてほしいという意見も出るくらいだ。さらには「慰安婦」という当時つかわれていた言葉も、実態を正確にあらわさないことから拒否する意見がある*3
wam-peace.org
逆に、慰安所が「軍の一部に位置付けられていた」ことは誤った理解などではない。永井和氏の発見した「野戦酒保規程」において、慰安施設が陸軍の設営対象に組みこまれていたことが判明している。
nagaikazu.la.coocan.jp
一方で意外なのが、質問では「従軍慰安婦」という言葉が1973年の千田夏光従軍慰安婦 “声なき女”八万人の告発』から広まったと認識していること。そもそも馬場氏の質問には朝日新聞が登場しない。
答弁が言及したという朝日新聞の撤回記事は1980年以降であり*4、時系列から見て関係あるはずがない。それらの撤回理由も「従軍」という表現とは関係ない。なぜ答弁で朝日新聞が登場したのか疑問が深まってしまった。


そこで答弁書を見たところ、「大手新聞」と記述して「朝日新聞」という表現をさけつつ、検証と撤回をおこなった文脈で暗示していることがわかった。

政府としては、慰安婦が御指摘の「軍より「強制連行」された」という見方が広く流布された原因は、吉田清治氏(故人)が、昭和五十八年に「日本軍の命令で、韓国の済州島において、大勢の女性狩りをした」旨の虚偽の事実を発表し、当該虚偽の事実が、大手新聞社により、事実であるかのように大きく報道されたことにあると考えているところ、その後、当該新聞社は、平成二十六年に「「従軍慰安婦」用語メモを訂正」し、「『主として朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した』という表現は誤り」であって、「吉田清治氏の証言は虚偽だと判断した」こと等を発表し、当該報道に係る事実関係の誤りを認めたものと承知している。

この答弁で「従軍」という言葉をつかわない理由になる意味がまったくわからない。前後を読んでも、「従軍」という言葉と「強制」をむすびつける説明が存在しない。
それどころか馬場氏が指摘した千田夏光著作へのはっきりした回答すらない。さすがに今の日本政府が維新の会より不正確な歴史認識閣議決定するとは思わなかった。
また、「見方が広く流布された原因」が撤回されたとしても、その見方そのものが撤回されたことを意味しない。他にも根拠があって妥当性が認められているならば、たかだか一証言一新聞*5の撤回で歴史認識はゆるがない。
「大きく報道された」という認識は主観なので難しいところだが、少なくとも朝日新聞では吉田清治証言が一面で報じられたことはなかった。一方で先述のスマラン事件は夕刊一面記事になったことがある。「見方が広く流布された原因」よりも「大きく報道された」事例が存在し、それを否定する意見は存在しない。


はてなブックマークでは批判コメントが多いが、見当はずれに日本政府を擁護したいかのようなコメントもいくつかある。
[B! 歴史修正主義] 「従軍慰安婦」表現は不適当 「強制連行」も 政府答弁書 教科書は使用 - 産経ニュース

id:aruzentina慰安婦」「徴用」を教科書に記載するなら、同ページに吉田清治朝日新聞による捏造であることを記載する義務づけをしろ。実効が伴わない答弁に意味はない。文科省左巻きに好き勝手させるな。

時をかける朝日。

id:oktnzm 談話時点で"いわゆる"つけてんだから不正確である認識があったのは当然。つけない場合の不適当さを明示しただけの話。"強制連行"は労働者の話なのに勘違いしてる連中にはあきれる。記事一本もまともに読めないのか。

「いわゆる」は、一般的には世間に広まっている表現という意味であって、不正確という認識とは限らない。
また、記事の引用にあるように答弁は朝日新聞の「強制連行」撤回*6を主張しているし、馬場氏の質問にも強制連行が出てくる。

id:hdampty7従軍慰安婦」なんて言葉は当時はなかった。歴史修正主義はどっちだって話。左派だけでなく右派の活動家の利権にすらなり始めた昨今、「従軍慰安婦問題」問題を語るべき。

当時なかった言葉をつかってはならないなら、歴史教科書の大半が書きなおされることになる。「鎌倉幕府」のような言葉もつかえなくなるのだが。


ちなみに馬場氏の「強制連行」についての質問は、辞書を引用して言葉の厳密さを求めているようでいて、明らかな欺瞞がある。

そもそも「連行」とは、主要な国語辞典において、「犯人を連行する」というような形で使用される語として書かれており、例えば、岩波国語辞典(第八版、岩波書店)では「人を引っ張るようにしてつれていくこと。」、大辞泉(第二版、小学館)では「本人の意思にかかわらず、連れて行くこと。特に、警察官が犯人・容疑者などを警察署へ連れて行くこと。」とされていたり、また法令においては、例えば警察官職務執行法における「連行」という言葉は、相手の意に反し、有形力を用いて警察署などに同行させる行為などを指して使われていたりするなど、一般的には極めて強い意味合いのある言葉と言える。こうした表現を用いることは不適切きわまりないと考えるが、政府の考えを問う。

なぜ「強制連行」で質問しているのに「連行」の辞書をひくのか。馬場氏や部下は質問のために調査して、思い違いに気づきながらごまかしているのではないだろうか。
実際には「強制連行」もしくは「朝鮮人強制連行」自体がひとつの歴史用語であり、「徴用」に限定しない意味が複数の辞書で確認できるのだ。
強制連行とは - コトバンク

日中戦争の激化に伴う労働力や軍要員不足を補うため,日本が敗戦まで国策として行った朝鮮人,中国人の大規模な強制的労働力の動員。1938年の国家総動員法,1939年の国民徴用令に基づき日本内地,樺太,南方方面に投入,内地では炭鉱・鉱山,軍事工場,土木などに多く配置された。

日本は国策として朝鮮人,中国人を日本内地,樺太,南方の各地に投入したが,駆り集め方が強制的であったためこう呼ばれる。38年4月には国家総動員法が,翌年7月には国民徴用令が公布され,日本の内外地における労務動員計画がたてられた(〈徴用〉の項参照)。

朝鮮人強制連行とは - コトバンク

1939年国民徴用令が実施され,朝鮮においては「募集」という形式で準用された。1939年に 1万人あまり,翌 1940年に 10万人近くが動員され,炭鉱,鉱山などで重労働に就役した。1941年後半には計画の拡張が決定され,翌 1942年に 10万人あまり,1943年に約 20万人,1944年に約 40万人が動員されたとされる。同 1944年9月からは国民徴用令が朝鮮にも直接適用された。

初めは炭鉱・土木など会社による募集の方式だったが,1942年から朝鮮総督府下の「官斡旋」方式になり,'44年から国民徴用令が適用された。

朝鮮人強制連行問題とは - コトバンク

1939年から1941年までの朝鮮における募集は「自由募集」で、日本本土の企業から派遣された「募集人」によって行われた。1942年以降は、「自由募集」にかわって「官斡旋」となった。1941年「昭和16年労務動員実施計画による朝鮮人労務者の内地移入要領」によって、地方行政機構が労務動員に協力することになったのである。

そしてこれらの用語説明を読んでのとおり、たとえ日本軍が直接的に女性を集めなくても「強制連行」という表現はつかえるのだ。
つまり「従軍慰安婦」についての馬場氏の質問は辞書を引けば根底から崩れるわけだ。

*1:www.mofa.go.jp

*2:そもそも後述のように「強制連行」には広い意味があるわけだが。

*3:そのこともあり、私個人としては「従軍慰安婦問題」という争点をあらわす用語のみ意識的につかい、被害当事者をそう表現することはさけている。

*4:www.asahi.com

*5:他の複数の新聞も証言を報じた事実を無視していることで、逆に証言の影響力を矮小化することになっていることが皮肉だ。もちろん国際的には通用しないわけだが。

*6:正確には朝鮮半島におけるひとりの加害証言を撤回しただけで、実際には「強制連行」という言葉の意味が広かったことを検証で提示している。