法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

日本の敗北による植民地解放に別の文脈が生まれたように、国境を超えて少女が仲良くする光景にも別の文脈が生まれうる

第二次世界大戦ビルマ戦線について、日本側証言などを新たに収集した同人誌『ビルマ方面海軍部隊、死闘と生還の記録』。
booth.pm
書店にも置かれてツイッターで広く紹介され、その十数日後に注目が集まり、表紙に対する疑問が多数ぶつけられていた。
[B! あほか] 株式会社鈴木商会/Books&Cafeドレッドノート on Twitter: "【Books&Cafeドレッドノートです】 ●本日入荷! 「ビルマ方面海軍部隊死闘と生還の記録」 内田弘樹 著 イラスト Blew 1,300円 内田 @uchidahiroki 先生のプロイエクトオストの最新刊入荷しました。… https://t.co/8a9d8RPG89"
いわゆる「萌え絵」が反発されているとして、8月23日20時の「🇩🇪SVX 𓃭@88_svx」氏によるツイートからまとめられ、実際の内容は真面目だといった反論がされている。
togetter.com
著者の内田弘樹氏が8月25日14時に画像で説明したツイートも、おおむねその認識からおこなわれていた。


お世話になっています。ここ数日議論となっている下記同人誌につき、自分の意向をまとめました。長文で申し訳ありませんが、ご興味のある方はご一読頂けると幸いに思います。ご意見はなるべく多く拝見させていただき今後の糧とさせて頂きます。何卒よろしくお願いいたします。

戦史を題材にさまざまな漫画を描いている速水螺旋人*1も、どのような批判がされているのかつかみかねているツイートをしていた。


内田さんの同人誌の表紙が駄目で、かつありがたいことに『靴ずれ戦線』がお好きな方がもしいれば、その差がどこにあるのかは訊いてみたい。靴ずれの作者的にはそんなに大きな差はないので。
皮肉ではないし、もしダブルスタンダードと感じてもそれをもって非難する気はないです。
なにか差があるのだろうし、どこが違うのかという興味ですね。ただ、これは突き詰めてもあまり実のあるテーマではなさそう。


しかし冒頭のTogetterにも途中から収録されているように、植民地主義を擁護する絵面になっているという批判も多かった。
はげしく時系列を前後して収録しているためわかりにくいが、内田氏の説明ツイート以前からその批判が複数あったことがわかる*2


アニメ絵だからダメなんて言ってるんじゃなくて「75年前の大日本帝国とアジアの被占領国との関わりを描く本の表紙がよりによって"オッサンの観光目線による現地の若い女性たち"」という無神経さ幼稚さに驚愕してるのです。


TLにちょくちょく流れてくるこれ、美少女化はまあ……そのなんだ月並みだけど百歩譲って看過するとして、現地人らしき女性と日本兵?がニコニコ仲良くしてるの、八紘一宇プロパガンダそのものでそれはそのまんま垂れ流しちゃまずいんじゃないのと思うなあ。

Togetterは「論点は「プロパガンダ」と「歴史修正主義」へ」という小見出しで、内田氏の説明ツイート後にわけて、論争のなかで変化したように位置づけている。
しかしid:SIVAPROD氏の批判は「🇩🇪SVX 𓃭@88_svx」氏のツイートから1時間たたない時点で「幼稚化」「手癖でやらかしただけでなーんも考えてないんでしょうね。」というものであり、Togetterに収録されているツイート以前から「萌え絵」という技法とは異なる観点からの批判と明確にしている。


当時なんで日本軍がビルマにいたのかそして現在のミャンマーに日本国がどうかかわってきたかを考えれば「大日本帝国占領時代のビルマを描く本の表紙がエキゾチックな観光地としてのビルマと現地女性」なんてありえないと思いますよ。

また、内容と表紙の関係性の弱さに対する、いわゆる「表紙詐欺」的な批判も8月23日22時などの初期からあるが、Togetterには収録されていない。


内容と表紙に関係がなさすぎて、萌えミリとかいう以前の問題だなこりゃ


あくまで想像だが、美少女のイラストが好まれる想定と*3、平和で穏健な絵面であれば絵柄以外の反発はされないだろうという予測から、この表紙になっただけだろう。
しかし、国境を超えて仲良くするという一般的には好ましい光景が、植民地獲得戦争という内容とあわさって生まれる文脈までは気づかれなかった……


……ここでふいに思い出したのが、韓国の男性アイドルグループ防弾少年団、通称「BTS」がプライベート*4で着用していた光復節Tシャツだ。
植民地解放を歓迎する表象として、原爆投下という惨禍が選ばれた。敗戦の決定打や象徴として日本でも少なからず採用されている光景であるのに、そのTシャツが被爆者を揶揄するものであるかのように非難された。
hokke-ookami.hatenablog.com
植民地解放を描く時に惨禍の表象が選ばれたことの逆転で、植民地支配を描く時に穏健な表象を選ばれたなら、前者が反発される以上に後者が反発されても不思議ではない。愚行を止める暴力ですら批判されるなら、美化された愚行はいっそう批判されても奇妙ではない。
意図せぬ文脈が生まれる問題は、このように「萌え絵」でなくても起こりうる。他に漫画『僕のヒーローアカデミア』や映画『シャーロット・グレイ』が、ネーミングにおいて歴史的な加害と被害の関係を意図せず逆転してしまい、意見を受けて修正されたことがある*5
もちろん加害と被害の関係などでの差異は多々あるし、当事者にも複雑な意見があるだろうが*6、歴史に向きあうなら念頭において損はないはずだ。

*1:はてなアカウントはid:rasenjin

*2:表現として少女を採用することが、戦時中のプロパガンダと通じており、むすびつきやすい問題もある。

*3:ここで好まれるというのは、作者側の趣味嗜好もふくまれる。この場合は美少女の表現それ自体が問題というより、問題をつくった原因にあたる。

*4:芸能人が能動的に公開した姿は公私が不明確とは思うが、書店などで不特定多数へ配布される同人誌と比べれば私的ではあるだろう。

*5:hokke-ookami.hatenablog.com hokke-ookami.hatenablog.com

*6:こちらのエントリでは、光復節Tシャツについて加害と被害の違いや、被爆者の観点に言及した。 hokke-ookami.hatenablog.com