法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『回転』

田舎の壮麗な屋敷へ、ひとりの女性が家庭教師として向かった。そこには両親のいない幼い兄妹が使用人たちと住んでいるという。早熟な兄妹に翻弄されながら、女性は屋敷に謎の人影を感じはじめる……


西洋怪談小説『ねじの回転』を、英国で1961年にモノクロシネマスコープで映画化。黒沢清監督が影響を公言するように、さまざまな演出がJホラーの参照元となった。

回転 [DVD]

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監督はジャック・クレイトン。『サイコ』*1の大ヒットを受けるようにホラー専業ではない映像作家が参入して、恐怖表現を拡張した時期の作品群のひとつらしい。
どうやら配信はされておらず、DVDは紀伊国屋書店が出した古い廃盤品のみ。スタンダードサイズのTVモニタに映すことを前提に、左右にも黒帯ができるレターボックス。
もちろん今のハイビジョンTVならモニタにあわせて拡大できるし、VHSやLDしか出ていない作品*2に比べれば入手も視聴も難しくないが。


さて映画そのものは、さすがに服装などで古びたところもないではないが、美しい構図と流れるようなカメラワークは今見ても素晴らしい。
冒頭の男女の会話からして、切り返しのタイミングからオフ台詞*3まで単調さをさけながら見やすい。驚くほど現代的なカット構成で、テンポも適切だ。
屋敷に行くと、水面や鏡、彫像のならぶ庭、雨といった小道具が視界をさえぎり、生者と死者の境界線をあいまいにしていく。逆に、奥の部屋まで扉ごしに見とおすカメラ位置は、どこから何が出てくるか予想できない映像をつくり、想像力による恐怖をあおっていく。


なかでも、池の草むらに女性がたたずむ情景が怖すぎる。黒沢清作品を代表として、さまざまな映画で模倣されている演出だが*4、現在も古びていない。ロングショットでも自然に見えるロケハンに降雨などの手間ひまをかけ、恐ろしくも見ごたえある情景になっていた。
一方、男性の幽霊らしき姿は、はっきり顔を映しすぎるカットが多くて、あまり怖くなかった。窓ガラスの向こうで、生きた人間が庭へ侵入したように映る演出などは悪くないが、照明を当てず影の存在のように見せるとか、もう少し細部を隠したほうが恐ろしく感じられたと思う。


先述の『サイコ』から流行した異常心理サスペンスの文脈で、古典的な幽霊譚を再構築。映像には存在しつつ明確な害も益もあたえない斬新な幽霊像は、生と死のあわいを描いた物語と不可分だ。
ただの説明不足で無数の解釈ができてしまうのではなく、実在か妄想のどちらかで筋がとおった解釈ができるよう細部まで徹底している。
幽霊が精神をさいなむおぞましさだけでは単調になりかねないが、無垢演出と性隠喩をかねて少女が亀とたわむれる場面や、生活力あふれる中年メイドといったアクセントで軽く笑わせ、気分転換するので見やすい。
それもただ観客を安心させて落差で怖がらせるだけでなく、先述の隠喩のように物語の恐怖を設定として支える。中年メイドも真面目な職業人らしく、状況が超自然かつシリアスになっても物語になじんだ行動をとる。
かすれるような歌で始まり、断ち切るように終わる映画の構成も、想像をふくらませる余韻があって良い。


ただ、少年が主人公の幻視を疑う台詞には、まだ子供には理解できないかな、と苦笑した*5

……やや真面目に考えると、女性の知性が魅力とは思われなかった時代の反映と解釈するべきだろうか。

*1:hokke-ookami.hatenablog.com

*2:同じジャック・クレイトンが最後に監督したレイ・ブラッドベリ原作の『何かが道をやってくる』は、ディズニー作品なのに日本ではVHSしか出ていないようだ。

*3:発話している人物を画面に映さず、台詞だけ音声として流す演出。

*4:映画『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』では、ホラーらしい雰囲気を感じた数少ない場面のひとつ。 hokke-ookami.hatenablog.com

*5:開始31分13秒。