法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『シャーロット・グレイ』

ナチス戦で消息をたった恋人ピーターを追って、シャーロットはレジスタンスとしてイギリスからフランスへ潜入した。
工作活動においては、しばしば恋愛感情を優先。しかしピーターの戦死の報や、ナチス支配を目の当たりにし、変わっていく……


オーストラリア出身のジリアン・アームストロング監督による2001年の英豪映画。イギリスとフランスで撮影された。

映像作品としては低予算だろうが、VFXをほとんど使っていないことが逆にいい。可能なかぎり実物か実物大プロップで撮影した映像は、いま見ても古びていない。
3DCGのように錯覚する建造物が残っている歴史性も興味深いし、戦車の輸送列車を爆破する場面や、へんぴな山村に戦車がやってくる情景は印象的だ。


物語は、はっきりいえばハーレクインロマンスのような内容だ。戦時下の抵抗運動はスパイスとしてふりかけただけ。
シャーロットがピーターとパーティーで出会ってすぐに恋人関係になるという導入からして、ロマンスとしても安易すぎる。戦時下ならば短時間でも恋が燃えあがることもあると監督は釈明しているが、その時点のイギリスには戦火がおよんでおらず、観客が理解できる雰囲気になっていない。原作小説よりも描写を削る必要がある以上、いっそピーターが行方不明になったことを知らされる場面から導入して、その恋愛がもりあがった過程は観客の想像にたくせばよかった。
あまりシャーロットの恋愛感情に共感できないため、潜入活動をはじめてすぐ接触した現地工作員をひきとめた愚かしさも必要以上にきわだつ。危険な状況なのに恋人の情報を求めて、長居させた現地工作員が怪しまれて逮捕された、そんな主人公を嫌悪しないことは難しい。ナチスに賛同するような悪事とは違うので全否定できないため、解消しづらいストレスになってしまう。
ただ、ナチスやその協力者の愚劣さや、抑圧にあらがう現地人の尊さは、意外とていねいに描写されていく。それに影響されて助けようとする対象を広げていくシャーロットも、徐々に尊敬できる闘士と感じられるようにはなる。
ユダヤ人の子供をめぐる終盤の展開は、敵も味方もなかなか印象的に動くし、序盤のシャーロットの恋愛優先ぶりが意外性を生む場面もある。ユダヤ隔離にフランスも加担したと明示する描写もある。
結末はロマンスらしい薄さがただよってはいるものの、序盤から考えると戦時下のドラマらしく立て直せていた。


そして、印象の好転を助けるのが、DVDに収録されたメイキングと、監督のオーディオコメンタリーだ。
俳優ファンに向けて雑談が流されるタイプと違って、撮影方法や演出意図が明確に説明されつつ、題材にまつわるこぼれ話がおりまぜられる。けっこう批判された作品らしく、先述のように釈明する場面も少なくない。ただ、全編を英語で統一したことにせよ、原作からの変更点にせよ、判断理由は明確に語っているので、さほど印象は悪くならない。
主な舞台となるフランスの村で撮影した時の逸話もおもしろい。エキストラとして参加してもらったり、住居に手を加えて古い風景に変えたりした楽しい交流もいいが、かつて村が本当にナチスに支配された歴史の痛みも印象的だ。村に入ってきた戦車を、当時もそうだったと悲しむエキストラ。ナチスに抗議するメインキャラクターの背後で目立たず応援するエキストラ。
何より、この作品で最も外道なナチス協力者の名が、当時の村でユダヤ人を守って今も尊敬されている村長の名に似ているという偶然が興味深い。村人のたのみで映画は原作から名前が変えられたというが、これほど心情的に理解できる原作改変も珍しい。