法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『パラサイト 半地下の家族』

せまい下町のいきどまりにある半地下室で、四人家族がぎりぎりの生活をしていた。しかし浪人生の長男が、エリートな友人から家庭教師の代役をたのまれる。
そして長男は大学生と偽って、坂の上の富豪宅へ家庭教師として入りこむ。すぐに他の従業員を策略で追い出し、それぞれの代役として家族を入りこませるが……


ポンジュノ監督による2019年の韓国映画。PG12作品だが、金曜ロードショー*1での地上波初放送はノーカット。番組独自の吹替*2も違和感ない。
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アジア映画として初めてアカデミー賞の作品賞に輝き、カンヌ映画祭でも最高賞を獲得。
わたしは、ダニエル・ブレイク』『万引き家族』『ジョーカー』等の、先進国の格差をテーマとする映画が世界的に高評価された流れの、ひとつの到達点。


重苦しい題材で汚らしい映像からはじまりながら、詐欺的手法で富豪宅へすりよっていく家族を軽快に見せていく。
その場しのぎの嘘をつきながら現場の仕事はそつなくこなし、クライムコメディとして楽しませる。同時に、そのように難しい現場をこなせる技術があっても、いったん貧困層に転落すれば通常では上昇できない格差社会の壁を実感させる。
そして中盤の富豪一家の留守から、完全に富豪宅をのっとって調子にのる家族は、いかにも最悪のタイミングに正体がばれるパターンで破滅しそうだが……それが予想を超えた深さで家族の足をひっぱり、弱者同士の陰惨な対決へ転調していく*3。そこから身を隠した家族が、逆に富豪の隠していた本音を聞いてしまう場面も、娯楽としてサスペンスをもりあげつつ、重苦しいドラマをつくりだしていく。
富豪の幼い息子がトラウマをかかえている設定も、前半まではアーティストをきどる演技かと思いきや、普通なら富豪はトラウマになる出来事に直面しないという階層の残酷さをつきつける。幼い息子が家にじっとしていることを好まず、オモチャの弓矢をふりまわす性格そのものが、中盤の転調の伏線だ。
家庭教師の紹介時にわたされた高価な石からして、象徴的な意味がある。水中から浮かんできて主人公の手におさまる隠喩的な描写が、実際には直喩的な描写であり、「偽物」だからこそ主人公を物理的に救いつつ、最終的に現実なら当然あるべきことが主人公の夢想にすぎないと位置づけてしまう*4


こうした情景をつかった演出をささえるのが、完成度の高い美術セットとVFX技術だ。丸みや斜めの線がない豪邸の無機質さや、排水が全て貧民街に流れこむ街の構造は、すべてスタッフの意図したものだ。

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この映画が参照した黄金期の日本映画『天国と地獄』が、同じように高台の富豪宅と眼下の貧困街をオープンセットやミニチュア夜景で表現したように、韓国映画の全体としての力強さを感じさせる。
加えて、『天国と地獄』の黒澤明監督が脚本会議でシナリオをねりこみ、みずから絵コンテを描いて映像をつくりこんだように、ポンジュノ監督も脚本に時間をかけて、みずから絵コンテを描きあげているという*5

日本の監督でも事前に絵コンテを全部描くって口では言う人がいるんですけど、言った通り描き終わってからインするってことはなかなかないんです。ポン監督は絵コンテを描き終えてから、指示書を書いて、スタッフ全員に配布しました。

このようにポンジュノ監督の二作品で助監督をつとめた経験を語る片山慎三監督は、日本も撮影スタッフなどの技術は劣らないものの、制作体制に圧倒的な差があるという*6

圧倒的な差っていうのは、脚本の内容と、志と、お金のかけ方が違うということです。あと、時間管理がしっかりしていて、スケジュールがちゃんと守られているのが韓国映画です。

映画監督で巨匠と言われる人は、怖かったり、現場で怒鳴ったりという印象を持たれがちですけど、ポン監督のように、冷静にユーモアを持って現場を動かすのは現代に合っていると思いました。

もちろん片山監督のように日本でも業界を改善しようとする動きはあるし、こうして他国の長所を紹介することもその一環だ。
逆に韓国内での韓国映画の話題を見ると、意外なほど興行体制や業界への批判を見かける*7
それらの批判の妥当性は個別に論じられるべきだとして、そのような声があげられる環境そのものの健全さを思わずにいられない。

*1:映画放送枠の35周年記念というテロップで、オープニングも初期に使われていた映像が使用された。

*2:声優としてキャリアが充分ある配役が多い。「<ギテク> ソン・ガンホ山路和弘) <チュンスク> チャン・ヘジン(津田真澄) <ギウ> チェ・ウシク(神木隆之介) <ギジョン> パク・ソダム(近藤唯) <ドンイク> イ・ソンギュン(東地宏樹) <ヨンギョ> チョ・ヨジョン(恒松あゆみ) <ダヘ> チョン・ジソ(早見沙織) <ダソン> チョン・ヒョンジュン(小林由美子) <ムングァン> イ・ジョンウン(田村聖子)」

*3:貧困層は社会の構造によって虐げられるが、直面する敵はしばしば富裕層を「リスペクト」すれば救われると信じる別の貧困層だったりする。

*4:この伏線には、別監督の韓国映画『お嬢さん』も思い出した。 hokke-ookami.hatenablog.com

*5:150頁。

*6:前掲書156、157頁。

*7:一例として、日本でも一定の観客層が韓国映画に期待する方向性を端的に「現実批判型アクション・ノワール」とまとめ、その作品群を「複製は、ジャンルの基本的な属性」と留意しつつ、「似通った社会批判の変奏」と批判する評論がある。 koreana.or.kr