法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『海にかかる霧』

通貨危機にあえぐ韓国で、老朽化した漁船が廃船にされることを防ぐため、チョルジュ船長は密航に手を出してしまう。
中国から来た朝鮮族を船に乗せて、船長は5人の乗組員とともに警備の目をかいくぐろうとするが……


2001年のテチャン号事件をモチーフにした、2014年の韓国映画。スタッフが共通する『殺人の追憶*1と同じく、いったん実話をモチーフにした演劇『海霧』を原作としている。
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殺人の追憶』を監督したポンジュノは脚本と製作にまわり、脚本をつとめていたシムソンボが初監督と脚本を担当。
これが初監督とは思えないほど演出はしっかりしている。漁をしながら乗組員の性格を見せる冒頭から、多数の密航者を乗せた船上の群像劇、後半に展開されるパニックアクションまで、台詞にたよらず映像でわかりやすく見せていく。
もちろん撮影監督のホン・ギョンピョの技術力など、スタッフのサポートもあるのだろう。派手な情景も出てくるとはいえ、基本的に地味な社会事件でしかないのに、映像に制作リソース不足を感じない。
さほど大きな漁船ではないとはいえ、VFX映画としての見どころも多い。おそらく後半の描写の多くは地上セットに海を合成したものだろうし、クライマックスの情景も韓国映画界の3DCG技術の確かさを感じさせる。実際の漁船を使ったカットとの繋ぎもスムーズで、魚臭さや油臭さが漂ってきそうな美術の飾りこみも素晴らしい。


物語は、6人の乗組員が初めての密航であたふたする前半で伏線を引き、ひとつの事件を転換点として後半で暗闇へ沈んでいく。時間配分がぴったり半分なので、後半に状況が動き出すまでが長い印象はあった。
とはいえ前半も最初から布石として意味があるし、漁師が密航者と通じあっていくドラマとして充分に成立している。そこには貧しい者同士の交感があったし、それでも密航者と比べて強い立場を乗組員が利用する醜さもあった。
密航者の大半は男性だが、少数の女性もいて、性的な魅力で媚びを売ろうとする者もいる。それを女性の醜さとせず、利用する男性の醜さとして描いていく。


後半に入り、物語は極限状況の密室劇となり、近視眼的な人間の愚かしさをむきだしにしていく。船の構造を利用したアクションをふくめて新藤兼人監督の『人間』*2を思わせつつ、ずっと生臭くて救いがない。
そこで全てを水底へと葬っていく船長は、いかにも韓国映画らしい苛烈な人物像だが、どこかマクベスのようでもある。映画の最初から船長を見返すと、不都合なものを目の前から消すだけで終わらせる行動原理は一貫している。けして暴力に快楽をおぼえているわけではないし、底知れない狂気をたたえているわけでもない。ひたすら目の前の現実を否定しつづけ、視界からはらいのけようとして、周囲を巻きこんでいく。
一方、最も若い乗組員ドンシクもヒーローのように活躍しながら、やはり強い立場を利用しているだけ、という冷ややかな視点がしっかりある。そしてドンシクは都合のいい立場を失って、船長が最も否定しようとした現実*3を生きていく。苦い後味の静かな余韻が、変わらぬ日々がつづいていくと感じさせる。

*1:感想はこちら。『殺人の追憶』 - 法華狼の日記

*2:『人間』 - 法華狼の日記

*3:密航に手を染めることを決める場面で、ちゃんと言及されていることがうまい。