法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『軍旗はためく下に』

戦没者の遺族年金を申請しては毎年のように却下されている女性が、また厚生省へ申請にやってきた。敵前逃亡で夫が処刑されたという却下理由が事実なのか、疑いつづけているのだ。
女性の願いに押されるように、厚生省は問いあわせに返事がなかった関係者4人の存在をつげる。女性は夫の真実を知るため4人に会いにいくが、その証言はどれも食い違って……


1972年の戦争映画。深作欣二監督、新藤兼人脚本という名匠の組みあわせで直木賞作品を映像化しながら、これまでDVDはディアゴスティーニ冊子付属版と海外版しかなく、長らく鑑賞困難だった。

しかしプライムビデオでの配信もはじまり、やや安価な東宝DVD名作セレクションでも8月19日発売にラインナップ。ようやく誰でも見やすい状況になった。

軍旗はためく下に

軍旗はためく下に

  • 発売日: 2014/07/01
  • メディア: Prime Video

大作路線をやめた時期の作品なので*1東宝映画らしさはない。大規模な特撮やセットは使わず、兵士の数も少ない。敵兵士は外国人俳優が演じる捕虜ひとりだけ。戦場は南方の島に見立てた密林と海岸をロケして、小さなセットと組みあわせるだけですまされている。


しかし低予算でも問題なくこなせる外部の監督を起用したおかげか、映像作品として充実していた。
たとえば資料映像や資料写真を挿入するだけでは予算節約と感じてしまうが、新規撮影でもストップモーションを多用して、カット割りの呼吸をつくる演出に昇華している。
また、過去の稚拙な再現をモノクロでごまかし、現代をカラーで区別する演出なのかと思えば、戦時でも心象的な場面ではカラーに変化させたり、多種多様な手法で画面の情報量をあげていく。
ロケで切りとった当時の風景も興味深く、映画として成立する絵がつづく。特に最初に主人公がたずねる男の住居は、ごみ溜めのような無秩序な場所でありながら不思議な美しさが感じられた。どのような時代でも豚はかわいい。


物語は黒澤明監督の『羅生門』を思わせる構成で、最近の戦争映画では百田尚樹原作の『永遠の0*2を思わせる。
しかし真実を追い求める主人公の行動は力強く、そのような人物が戦後の日本から排除されてきたことが主題と密接につながっている。
4人の証言者も、それぞれ戦後日本の特定の立場を象徴しつつ、証言において隠蔽したり重視する部分の違いで固有の人格が立ちあがっていく。
戦争で何を失い、あるいは誰を傷つけたのか。あまりの証言の違いに、調べるほど亡夫の人物像は不明瞭になっていく*3
最終的には謎解き映画として納得できる真相があばかれるが*4、それと同時に真実を追求しつづける道が永遠に断ち切られて物語が閉じられる……
戦没者追悼式で昭和天皇が能天気なまでに平和をうったえる場面にはじまった映画は、そのような追悼の空間から排除された夫婦がさまよう物語として進み、天皇と戦後日本が過去の忘却をつづけてきたことをつきつけて終わった。


もちろんこれはあくまで虚構の劇映画だが、描かれた罪の多くは現実の日本軍も犯してきた。それを組織的に隠してきたことも、追及することを妨害してきたことも、どれも悲しいくらいに現実だ*5
さらに証言者のひとりが指摘するように、そもそも軍組織が資料を隠滅したことで正確な事実がわからなくなったのならば、遺族にとって有利にはたらくべきだ。そうならない社会の理不尽さも、戦後日本の現実だ。
原爆をめぐる日本の行政の動きをいくつか記録 - 法華狼の日記
約半世紀たった今も、この物語はつづいている。

*1:1年後に大作災害映画『日本沈没』を公開するが、特撮関係のインタビューなどを読めば、大作路線になったのは当時では異例のことだとされている。

*2:『永遠の0』 - 法華狼の日記

*3:亡夫とは別の学徒兵の人物像が立ちあらわれてきたのは興味深かった。部下になめられないため厳しい軍人像に同化していく姿は愚かだが、社会におしつぶされるマイノリティの普遍的な哀しみも感じられた。

*4:説明を省略しているところも多いが、最初から見返すと証言者がどのような事実を核として表面をとりつくろう話をつくったのかは理解できる。

*5:そうして戦後日本がこしらえてきた秩序から、在日コリアンが排除されてきたことも短く言及される。皮肉なことに、それゆえ傷ついた証言者にとっては身をよせられる場所なのだと語られるが。