近未来の緑化した日本を舞台とする2008年のTVアニメ。アニメ雑誌『月刊ニュータイプ』で連載された池上永一の小説を原作として、全24話で放送された。十数年ぶりに全話を見返した。
当時はそれなりに角川書店が力を入れたメディアミックスだったはずが、制作したGONZOの経営破綻に巻きこまれた不遇の作品。
2話ずつ収録して発売されたDVDが、後半は発売がいったん中止となり、コレクターボックスとして2話ずつ収録したディスクを無理やり1パッケージに収納して発売するくらい混乱があった。
作品自体は、GONZOの出世作である『青の6号』に通じる世界全体のデザインや参加スタッフを見れば、それなりに力を入れていることはうかがえる。2006年に分離したサンジゲンによる3DCGは現在でも通用するクオリティがあるし、ロングショットの多用で世界を広々と切りとるコンテなど劇場アニメっぽさを目指している感じはある。
しかし企画段階で求められるレベルには制作リソースが不足していた。当時から好印象だったのは一部のデザインと、樋口真嗣コンテのOPくらい。見返すと、第5話での、当時にGONZO作品によく参加していた田中宏紀による仮想現実空間の作画もちょっと良かったかな。
また序盤から登場するニューハーフコンビがいかにも誇張されたマジカルオネエで、男っぽい戦闘美女とコミック系オカマの典型すぎて魅力を感じづらかった。ただし、そのコミック系のミーコが、序盤から描かれている設定から意外なかたちで少女の肉体になる展開は興味深くて印象に残っていたし、あらためて見ても記憶のとおり良かった。ただ、体型が大きく変わったのなら、声優は同じでも発声は変えるべきではないか、とは思った。
再視聴して感じた意外な良さとして、東日本大震災をへて第二次トランプ政権が誕生した現在に改めて視聴すると、第二次関東大震災で津波などに襲われた日本を舞台に、気候変動に抵抗するための炭素税から虚構の経済圏が生まれた世界設定はなかなか魅力的。
環境保護を目的としても技術や制度だけでは資本主義に組みこまれ悪用される風刺として普遍性がある。TVアニメのサイズではそれっぽい経済用語を語るくらいだが、炭素循環技術の発展などを見越した炭素負債の先物取引くらいシンプルにすれば、さらに魅力を伝えられたかもしれない。
各話でも印象深いエピソードがいくつかあった。
たとえば極一部の人間だけが巨大な都市での居住を許されて、小さな社会で生活をしていた主人公が足を止めて愕然とする第3話も、当時は敵地で攻撃されている時に注意をそらす不自然さを感じたと思うが、それだけ大きな家や道があるなら多くを受けいれることができるはずという結末の叫びが現在は実感的に理解できる。
第8話の脱出トリックも苦い結末もふくめて記憶より良かった。先に第7話で提示された、水素で発破をおこなうという世界観にそった設定が、意外な形で視覚的にわかりやすいトリックに結びつく。ただ、その触媒がアルコールであることは第7話でも第8話でも台詞で言及すれば不自然ではなく納得感があって良いのに、ただ何らかの触媒をつかうという説明になっていることが残念。
1クール終盤からは群像劇の面白さもあるが、なぜか主人公につぐ三番目の候補の青年のストーリーがぶつぎり気味で、特に遭難したり救助されたりする局面で肝心の部分がショートカットされていたりする。
一方、2クール開始早々の主人公による大攻勢が実は大物の意図で操作されていて、あっさり瓦解するところは記憶よりこみいった策略になっていて良かった。主人公側に裏切り者がいることは記憶していたので驚けなかったことは残念だが。
また、何もかもが敵の女性首魁の涼子による陰謀と明かされていく終盤に世界のスケールが小さくなっていく感覚をおぼえたところ、その正体があばかれることで一気に物語のスケールが戻ったことも面白かった。
当時に最終回まで一応は見ていたはずが、このけっこうインパクトある真相について記憶していなかった。一気に視聴したことで、アトラスを作った老人ふたりの「人形」という評が実は直喩で、伏線になっていることに気づけたことも良かったのかもしれない。サブキャラクターの小夜子を大学の同級生として見くだしていることもうまいミスリードになっていた。普通の作品の感覚で数十年前に大学に入る技術などないだろう、普通の人間ではあるのだろうと思ってしまうところで、作品のタイムスケールやアトラス建設の時系列からすると良子が大学に入学して正体に気づかれないことは設定として整合性がある。
