法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

育鵬社の歴史教科書を少し見てみた

公民と歴史の内容解説資料が育鵬社の公式サイトに掲載されている。
中学社会 新しいみんなの公民|育鵬社
中学社会 新しい日本の歴史|育鵬社
ざっとながめて見て、自由社に比べて問題が少ないと聞いていたものの、いくつか素人なりに首をかしげる表現があった。
もちろん検定をとおった教科書ではあるので、育鵬社単独の問題とはいいがたい面も大きい。ところどころにある疑問点を指摘した後に述べさせてもらう。


rekishi
特色として、タイムマシンに乗ったキャラクターに学生が感情移入するような形式であることがうたわれている。新しい歴史教科書をつくる会が簡素な作りを特色として打ち出し、イラストを排しようと模索していた*1ことを思い返せば、なかなか味わい深い。
あと個人的に引っかかったのが、左端にある建武の新政。「公家を重んじたため、武士の不満が高まり、2つの朝廷ができてしまった。」という内容は一般的に間違いではないが、北朝を擁立した足利政権を優先して説明することが普通ではないかと思う。ただし「足利尊氏*2のイラストが付されているので、武家の存在を排除しているとまではいわないし、「南北朝」時代という言葉を説明するためという擁護は可能だろう。
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右頁で確認できるように、神話の紹介が長く、自ら特色として打ち出している。天岩戸あたりの説明が「知恵と力を集め」とごまかされているのは、いたしかたあるまい。しかし、スサノオノミコトの活躍を説明した最後にオオクニヌシノミコトという子孫に言及し、次の章で「一方で」と天孫降臨の説明を始めるのは、時系列が少しおかしい。ニニギノミコトが来る前に、オオクニヌシノミコト勢力と高天原の間で国譲りをかけた衝突があったのだから。ヤマトタケルが軍勢を率いて勢力を広げたという説明も、神話の説明としては正しいといいがたい。わざわざ脱臭するくらいなら、読み物を長々と入れなくてもいいのではないか。
あと、右端にあるコラムを読んで、もやっとした。万葉集が「国民的歌集」だとする説明はいいのだが、その伝統が現代に続く一例が皇居で行われている「歌会始の儀」というのはどうなんだろう。ちなみに現代の「歌会始」は古式に準じて明治に始められた新しい「伝統」だったりする*3
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外国人の視点から見た日本を紹介し、複眼的な見方を養うという試みは悪くない。「日本人の国民性」という表現も許そう。しかし、拡大して各外国人の評価を見ると、どれも日本を賞賛する言葉ばかりとりあげられている。シュリーマンは日本文化の清潔さを賞賛した一方で封建制度は批判していたし、イザベラ=バードに言及するなら閔妃虐殺事件が記録されていることにふれても良いだろう。
自身では気づきにくい長所短所を知るのならば複眼的といえるだろうが、心地良い賞賛の言葉だけを集めるのでは視野をせばめることとかわりない*4
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東北への「進出」について、左頁に「律令のしくみを九州南部や東北地方へも広げていきました。東北地方に住む蝦夷がおこした反乱には、坂上田村麻呂征夷大将軍として派遣し、これを鎮圧しました」とだけ短く記述しているところは育鵬社の性格から考えて予想通り。後の頁で「琉球・沖縄、アイヌの文化と歴史、交易等に注目し、日本の歴史を正しく理解できるよう配慮した」*5と自負していることとの整合性はないと思うが。
ちなみに平成24年度版の歴史教科書を比較したブログによると、自由社ですら、蝦夷に対して朝廷が「帰順させようとし、蝦夷のはげしい抵抗にあった」と比較的に侵略らしいとうかがわせる記述があるらしい*6
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右端に、杉原千畝樋口季一郎ユダヤ難民を人道的観点から助けた美談が紹介されている。事実経緯として嘘ではないものの、「人種差別撤廃という日本の方針に反する」と樋口が考えていたという記述は微妙なところがある。樋口手記には、日本外務省や陸軍省から追及を受けたという記述もあるのだから*7
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学生に当時の事件をしるした新聞を作らせるという設定で書かれているのが、遭難したトルコ軍艦エルトゥールル号を救助するため尽力した出来事。この美談は好きな人が多い。教えること自体には全く文句はないが。
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自己評価としての「内容の特色」が書かれているわけだが、ここで最初に「教育基本法が定める教育の目標を達するため」とうたわれているところに注目したい。現在の教育基本法には「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」*8という「目標」が明記されている。改正時に最も批判が集中した箇所のひとつだ。
その後に書かれた自己評価において、「我が国」への「愛」が養われ深められると何度もうたわれているのは、育鵬社の性格が反映されているためだけではないだろう。ちくいち指摘しなかったが、この種の「愛」をうたう記述は内容解説資料の全体にわたっている。歴史を教えるというよりも、歴史の素材を集めて愛国心を育てることを目的としているならば、この教科書は正解に近い。


なるほど、確かに育鵬社の教科書は、一面で教育基本法を改正した者の意図に最もそっているのかもしれない。それにくわえていうと、教育基本法育鵬社と同じ方向性を指し示している限り、他社の教科書が採択されても安易に安心するべきではないのだろう。

*1:漫画家の小林よしのりが排除に積極的だったところが面白い。

*2:足利高氏ではないところが興味深い。

*3:http://100.yahoo.co.jp/detail/%E6%AD%8C%E4%BC%9A%E5%A7%8B/

*4:まあ、これに限らず教科書はたいてい自国賛美の傾向がつきまとうものではあるが。

*5:http://www.ikuhosha.co.jp/textbook/rekishi/#page=23

*6:http://tamatsunemi.at.webry.info/201108/article_47.html

*7:http://homepage1.nifty.com/SENSHI/book/objection/6h_higuti.htm

*8:http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H18/H18HO120.html