法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『RD潜脳調査室』が見せる仮想の肉体

士郎正宗原案による古典的なサイバーパンクを、プロダクションIG*1の映像制作能力で絵的な説得力を与えているオリジナルアニメ。
公式サイトRD 潜脳調査室


アニメーションとして面白いのが、仮想現実描写。
現実描写と同等以上、そして他のアニメ作品とでは比較にならないほどに質感と量感……つまり肉体を感じさせる作画がなされている。設定からして、仮想現実が海*2のような姿をしており、キャラクターは潜水服を着たビジュアルで泳ぐように仮想現実に入る。人間が泳ぐ姿は全身が服装で隠れず、手足が連動し、人体を描ける高い技量がアニメーターに要求されると同時に、架空のキャラクターに身体性を獲得させられる。もちろんTVアニメなので、さすがに全てのカットでリアルな人体が作画できているわけではないが、OP等の要所で充分な存在感を引き出している。つまり設定の段階から実際の映像まで、仮想現実で肉体を強く感じさせる作りにしているわけだ。それが独特の手触りを生んでいる*3
古橋一浩*4監督作品らしく、アニメーションの力を信頼し、映像として活かした演出なのだろう。典型的なのは、第1話クライマックスで上半身裸の主人公が、老人から青年の肉体へ変貌するカット。老人の裸体という珍しい絵を、真正面から骨格を感じさせるリアルなデッサンで描かせ、さらに若返らせるという極めて難易度の高い作画を行わせ、仮想現実へのダイブを表現。アニメーターも見事に応えている。長い1カットで芝居を多くつける演出指示は、純粋にアニメーションの力を信じているからこそ。
上山徹郎によるキャラクターデザインも、特異な肉体性を生み出す原動力だろう。老人から若者、中年から少女まで、筋肉や脂肪の付き方まで描き分けて、それでいてアニメらしい線に整理されている。……太り気味にすら感じられるヒロインのキャラクター設定は、なかなか衝撃的。


ただ、今のところ物語には難があって、素直にすすめにくい。
設定や展開は古典的なのに、序盤における重要描写であろう大災害「地球律」が原因も作中の扱いも不明瞭で、素直に話に乗っていけない。ベタなプロットながら近未来サイバーパンクでは珍しい健全な内容で、わかりにくさを除けば素直に娯楽として楽しめるだけに、導入のもたつきが残念。藤咲淳一シリーズ構成の脚本は今後も不安要素だ。
物語が良かったのは、むとうやすゆき脚本の第5話。ブランド物サングラス「スーマラン」を軸にして、登場人物の好意が響きあっていく。ヒロインが話の前面に出て、主人公は背景になるかと思えば、最終的に2人の関係性に収束する確かな構成。仮想現実における格闘ゲームの実況が、そのまま現実における事件の実況にもなるような小技も効いている。演出でも、クライマックスにかかる主題歌もベタながら格好良いし、リアルかつ映像のハッタリも効いた格闘戦も楽しい。格闘戦の決着時には短いながらラフな線のカットがあり、手書き作画ならではの面白味があった。

*1:『劇場版パトレイバー』『イノセンス』等、劇場アニメ映像に定評があるアニメ会社押井守監督による『スカイ・クロラ』が近く公開予定。

*2:作中ではメタルと呼称される。

*3:仮想現実場面にこそ作中現実場面より現実感を出す手法は、押井守監督の実写映画『AVALON』も思い出すところ。

*4:アニメーター。重要なカットでは、ラフ原画レベルの緻密で細かい指示を絵コンテに描きこむことで有名。脚本もこなす。