法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

現状では、できるかぎり確固とした情報を引用するべきだと思うのだが

5月10日から11日への、ちくわ氏*1への簡単な返答*2
5月10にもなって懲戒請求について「誰も問題を正しく把握しているなんて云ってねーし、当然、自分の主義主張や批判が唯一無二の正解だと思っているワケでもない」などと書かれて、正直いって困ってしまったが……


まず念のため、光市母子殺害事件で検察側は「殺人」で起訴している*3傷害致死や過失致死だけでは死刑にならない。
また、法廷で何を主張しようと、被害者や遺族を侮辱する言動として罪に問われることは少ない。光市母子殺害事件の被告人にしても、『ドラえもん』『魔界転生』については犯行時の心理状態を証言したにすぎない。当時の心理状態を異様だから法廷で証言してはならないというのであれば、そもそも裁判などできない。もともと、陰惨な殺害状況や、被告人の釈明等の、被害者遺族が知りたくない見たくない聞きたくないことを提示し、争い、裁くのが法廷という場なのだ。
「ちょうちょ結び」にいたっては、検察側の主張だ。争っているのは「ちょうちょ結び」した動機であって、弁護側が縛り方を抗弁しているわけではない。


懲戒請求制度について、基本的な説明をしておく。
懲戒請求は、刑事裁判で弁護士が重い罪に問われたか、弁護人の責任で重い判決になって依頼者が不服に思った時に行われる制度。いってみると自由業である弁護士を、会社員等と同等に懲戒させるための制度なのだ。依頼人を契約した顧客と考えるといい。実際に、著作で内心を明かして懲戒された弁護士が存在するから、「もし被告人の主張が誤っている、重い判決にするべきだったという心証を弁護士が公表すれば、それこそが懲戒の対象となる」と紹介したわけだ。
裁判と無関係な人でも請求できるのは、本来は脅迫等で関係者の行動が制限される状況を考慮して。つまり、無関係な人が多数決で懲戒を決める制度ではない。
また、最高裁を欠席したのは2人だけなのに、差し戻し以降の弁護団全員へ最高裁欠席を問題にするような、事実誤認の多い請求内容ばかりだった。ネットで出回ったテンプレートに誤認が多かったためだ。事実誤認を元に懲戒請求を通すことは無理。
なお、弁護団へは懲戒請求が弁護士個別に複数出されており、人数で見ると橋下弁護士への懲戒請求者とほぼ同数。ついでに、一部で報道された多数からなる橋下弁護士への懲戒請求は連名で1通。
ちなみに、橋下弁護士への懲戒請求は親弁*4が強く関わっている。無関係な人物や対立相手からの懲戒請求とは異なり、師匠からの説教といった感もある。


次に、5月10日のエントリ*5で書いたのは、最終的には依頼者が求める主張を行わなければならないという話だ。たとえば黙秘すれば有利に運べる裁判であっても、被告人が説得を聞きいれずに黙秘権の行使を拒否すれば、黙秘しない方向で最大限の弁護活動を行うのが弁護士という仕事だ。「法廷で好き勝手」話したいと被告が強行に主張したら、通さざるをえない。無理に沈黙させるような手段や権利を弁護士は持っていない。
また、今枝仁弁護士は弁護方針で情状酌量を求める比率を増すように主張していたが、あくまで事実関係を争った上での話。弁護団の基本方針が法廷戦術として誤っていたとは主張していない。死刑判決後の『たかじんのそこまで言って委員会』ですら、今枝弁護士は自身の方針で死刑回避の可能性が高くなるとは断言しなかったし、事実認定で弁護側主張が全て退けられたことを不服に思うむねを語っていた。


なぜかこだわっている、私の文章が「批評」か否かについても、一応の回答。

 仮に、自分が認めたテキストが批評じゃないと思っているなら、その言葉遊びと、それを満たすがための他人の粗探しに終始しているスタンスそのものが、矢張り一般人の感覚と大きくズレていると思う。

そもそも、「引用批判だけ批評が成立すると思っている人は、ノンキでいいなあ」と書かれたから、もともと批評と称していないと返事をした。ちくわ氏は、引用を多用する文章は批評ではないといった意味の主張をしたと思っていたが、違うのだろうか。
批評として成立しない、そして「ダブルスタンダードな時点で考察でもないし、感想文とするには客観ぶろうとしすぎだし、チラシの裏は論外と考える」と主張されるなら、そのどれにも当てはまらない発言と考えれば良いだけだろう。1ジャンルへ収まる文章を書く義務はない。
さらにいえば、ちくわ氏のいう「批評」は勝手な定義としか思えなかった。5月8日のエントリ*6で「該当箇所を示してほしい」と書いたのは、判断基準への問いかけでもある。
だから逆に、ちくわ氏自身が全文引用したことについて問いかけをした。ちくわ氏のサイト全体も、ネット報道、アニメ、立体物、等々に対する反応で構成されている*7。せいぜい引用文の比率が少ないくらいの違いで、形式は大差ないと思うが……*8
ちなみにブログ全体では「日記」「ダイアリー」を称している。個別には「感想」「身辺雑記」と書いていることもある。そして当該のエントリ*9では、最初に「まとまらないまま書いておく」と断っていることも注意しておく。

幾ら注釈をつけたからって、引用文を勝手にボールド処理するのは引用の改変で引用元の作者に失礼だし、そもそもそういう改変は自論の牽強付会的誘導に当たると思うので、それはオリジナルの文面を見て頂くとして、さておき。

作品の感想や批評や紹介を行っている一般的な書籍でも、引用文を強調することは珍しくない。たしか引用時の変形を厳しく見る裁判もあったが、慣例として許されないというものでもないだろう。
逆に、ちくわ氏が一行コメント掲示板等から発言を引用する時に、発言者の名前を示していない点は、何らかの断りがあるべきと思う。引用は引用先を明示するべきだろう。

*1:http://www.tikuwa.com/index2.html成人向けイラスト多用注意。

*2:情報の齟齬が争点になっている議論では、引用を逐一示さない方が楽だ。

*3:同時に被告人は強姦等の複数の罪に問われている。

*4:実地研修する弁護士の師匠のような存在。

*5:http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20080510/1210443576ちなみに、特に返答のつもりではなかった。

*6:http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20080508/1210206819

*7:自作イラストに最も力を入れているのかもしれないが、一般的なブラウザでは文章の方がページをしめる面積が多いだろう。

*8:ただ、ちくわ氏のサイトと異なり、ブログはトラックバックというシステムを持ち、言及したことを相手に知らせる機能がある。もともと言及と応答を前提としており、掲示板に近い要素を持っているといえるかもしれない。引用も専用の記述方法があらかじめ用意されているくらいだ。さらに、政治的な話題をあつかう場合、引用文が短いと恣意性を疑われることが多く、引用元のサイトが消滅した後に検証できるようにしておく必要性も出てくる。論争が起こりがちな話題を扱うブログにおいて、私の日記が特に引用が多いことはないと思う。

*9:http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20080501/1209680167