法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

クソアニメ、クソ映画、ポリバケツ

全ての母音をひとつずつふくむ言葉を集める上記ツイートが話題になっていた。ポリバケツ語という呼びかたがあるらしい。
b.hatena.ne.jp
リプライはすべて見ることができていないが、とりあえずはてなブックマークのコメントで出ていないものとして「クソアニメ」「クソ映画」を思いついた。
簡単な思いつきかたとして、まず三文字から四文字くらいの母音をひとつずつふくむ言葉を考えて、その頭や尻に残りの母音でできる言葉をくっつけていく。
この方法なら「アニメ」と「映画」で同じ「AIE」が母音となり、残りの「UO」を付属させればいいだけ。基準となるのが近いジャンルの言葉なので、だいたい同時にふたつできる。
もちろん単純すぎる思いつきかたなので、あまり意外性のある言葉にはならないという難点もあるのだが。

「つまんない映画を観たくない」という気持ちは強くないが、「つまんなくない映画を観るには準備がいる」という気持ちはよくわかる

1984』のコミカライズなどをしている漫画家の森泉岳土氏が、つまらない作品に手を出すことへの恐れが、ここ数年に強迫的になっているとツイートしていた。
togetter.com
その本題については、サブスクリプションなどで選択できる作品数が増えただけ、視聴の優先順位を決めること自体の優先順位が高まっているのではないだろうか、といった可能性を考えた。
作品を視聴すること自体に意味を見いだす、押さえておくべき作品があるという発想は、ある意味では先日に話題になった藤津亮太氏のリストに近いかもしれない。
20歳が観るべきアニメ残り12タイトルを選んでみた - 法華狼の日記


しかし本題とは別個に、はてなブックマークid:goldhead氏によるコメントが印象深く、深く共感もした。
[B! 趣味] 「つまらない作品を享受したくない」という感覚はあるのだが、最近は特にそれが強迫的に作用している気がする

アニメについて、「これは歯ごたえがあって面白そうだからしっかり見なくては」と思う作品がどんどん溜まっていって、「これは適当にながら見でいいや」という作品を毎週しっかり追いかけてしまう逆転現象がある。

少しでも良い状態で鑑賞するための準備も必要だし、期待したほどには良くなかった時の心の準備も必要だ。そう考えて、映像ソフトを購入したまま視聴できていない作品がいくつもある。
たとえば川尻善昭監督の代表作『獣兵衛忍風帖』もそうだ。『妖獣都市』は娯楽としてすごく良かったが、それゆえ異形の傑作とまでは感じなかったし、同じように期待しすぎてはいけないと抑制的に考えてしまっている。

ソ連の防衛戦争映画『炎628』も概要だけは知っているが、重い作品と聞いて視聴しないまま。さらにロシアのウクライナ侵攻を受けて視聴したい気分と遠ざけたい気分が拮抗している。

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涼宮ハルヒの消失』のように、単純に尺が長くて視聴を邪魔されない状況を用意するのが難しそうに思える作品も後回しにしてしまっている。

そういう意味で、毒にも薬にもならない娯楽作品の良さも、逆説的に理解できるようになった。実際、昔は遠ざけていたような大味な大作や、軽くしあげた小品を先に消化するように視聴している。

『デリシャスパーティ♡プリキュア』第14話 初恋ってどんな味?恋するキモチと拓海のこたえ

放課後、公園で品田が後輩の少女から告白されていた。それを見かけたローズマリーたちはもりあがる。いっしょにいた和実もすごいと思うが、あくまで他人事と考えていて……


永井千晶が二度目の脚本。ブラックペッパー……いったい正体は誰なんだ、たくみに隠されていてわからないぞ……というつまらない冗談はさておいて。
これまで遅くともていねいにプリキュアの外の人間関係も描いてきたおかげで、設定開示は先のばしになっているのにドラマとしては問題なく楽しめた。品田とクッキングダムをめぐるプリキュアとしての縦軸と、品田と和実のあわい恋慕をめぐる人間としての横軸をうまく交差させて、ゲストキャラクターをまきこんでの甘酸っぱい恋愛ドラマはさくさくストレスなく進行できたのが良かったのだろう。


プリキュアとしてはホットサンドメーカーが怪物化してキュアスパイシーが対抗意識を燃やしたりしたところは良かった。ナルシストルーがプリキュアの各戦力を分析する描写も、次回以降の布石になるのなら期待できる。
ただブラックペッパーの介入で危機を脱した後、復活した敵をすぐキュアプレシャスが攻撃してそのまま必殺技に移行したのは、ちょっとアクションの組み立てとしてうまくない。良くも悪くもブラックペッパーの戦闘への貢献度がさがり、用意さえできていれば現行戦力でなんとかなってしまう感じが出てしまう。いや、キュアプレシャスはもともとそういうパワーキャラといえばそうなのだが……

『ドラえもん』かわいいジャイアン/シンガーソングライター

 今回は数回前から予告されていたジャイアンの誕生日SP。新曲発表はEDにまわされているが、内容の連続性がたかくて全体でひとつのストーリーを構成している。


「かわいいジャイアン」は、のび太たちはリサイタルや料理から逃げるため、ジャイアンは家族に祝ってもらうべきと提案する。しかし剛田家でジャイアンが祝われるようすはなく……
 清水東脚本のオリジナルストーリーで新人の森山瑠潮が2度目のコンテ演出回。構図やカメラワークは才気を感じるが、PANなどの動きがなめらかでなく微妙な違和感があったのは意図した演出か、新人らしい経験不足ゆえなのか、それとも視聴している側の気のせいなのか。
 祝ってもらうジャイアンは「ハッピーバースデイ・ジャイアン」、幼いころは幸せだったと疎外感をおぼえているところにサプライズで祝われる展開は中編アニメ映画『ぼくの生まれた日』を少し思い出すストーリーだが、似た状況というだけでオリジナリティは高い。炭水化物多めの食卓が、育ち盛りの男児向けの誕生会として正解。それでいて家庭で可能な範囲でパーティー感がある盛りつけにできている。リサイタルをやりなおすオチも予想できるが、直前に止め絵演出までつかって感動的に落としきっているので、ちゃんと笑えるギャップが出ている。
 しかし今回はジャイアンが家族にいわってもらおうと「いい子」になっていることで、小学生で小売りの配達をてつだわされることのヤングケアラーっぽさを強く感じた。のび太たちへの暴力もストレスやネグレクトの結果ではないかと思えた。それだけ今回のジャイアンが生きたキャラクターと感じられたということだが。


「シンガーソングライター」は、誕生日でおこなえなかったジャイアンリサイタルを、あらためておこなうことに。せっかくジャイアンは新曲がつくれないと悩んでいたのに、秘密道具で協力することに……
 ジャイアンのゲッソリ顔とドラえもんの「プークスクス」が知られる原作を、誕生日スペシャルにあうようなアレンジをほどこしつつ、ほぼ忠実にアニメ化。
 水野宗徳シリーズ構成の脚本で、誕生日にジャイアンの歌を聞かなくてすんだというところから物語を導入。しかし前半のオチからすると、結局は歌を聞かされそうになったような印象があり、ちょっと前後半の連携がとれていない感じがあった。
 単独で見れば、原作をていねいに映像化していて悪くはない。秘密道具「メロディーお玉」が作曲したが音符を読めないとジャイアンが激怒する描写はアニメでも笑えた。現実におこなっていた企画*1にあわせて「遠写かがみ」をつかって劇中でTシャツを募集するメタなアニメオリジナル描写も楽しい。
 ただ、実際にジャイアンがリサイタルをおこなう描写はEDパートにあてているので、この後半部分だけではオチが完結していない印象が残った。TV番組としては現状でも完成されているが、WEB配信や映像ソフトの収録状況によっては制作意図が理解しづらくなりそう。


 そして先述のようにリサイタルはED映像にまわされたが、迷惑にならないよう宇宙船で地球からはなれた場所でおこなうという趣向。
 前回放送*2モーションキャプチャー用のスーツを木村昴が身につけていたので予想できたが、ライブで歌い踊るジャイアンは3DCGで描画。シンエイ動画のアイドルアニメ『アイドールズ!』の制作の多くを担当した制作会社Ray*3によるものだが、カメラワークともども現代のアイドルアニメレベルのクオリティになっていた。
 そして歌詞は考えられるという後半の物語にあわせるように、実際に新曲の歌詞は声優の木村昴がおこなっている。ならば作曲編曲を担当した木下龍平は「メロディーお玉」だった……?
 ともかく新曲にあわせたジャイアンTシャツは1万人以上から選ばれただけあって本気で良いデザイン。ジャイアンらしさがあり、子供が考えてもおかしくなさそうなシンプルさで、スタッフが調節しているにしてもパーツやカラーの配置バランスもいい。
 リサイタル後の歌のフルはアプリでというドラえもんのび太のつきはなした口調も良かったし、視聴者100人プレゼントの冗談抜きに欲しくならないタワシストラップをいらないと笑うしずちゃんの冷え冷えとした口調も最高だった。宣伝にまったくならないことが冗談アイテムの宣伝として完成度が高すぎる。

*1:スネ夫がブランドをたちあげているというアニメオリジナル設定を忘れていないところが良い。 『ドラえもん』町内突破大作戦/コーディネートはスネカパで - 法華狼の日記

*2:hokke-ookami.hatenablog.com

*3:https://ray.co.jp/works/607/

トランス女性が優勝したと話題の自転車競技は、最初からトランスジェンダーにひらかれた部門

ロンドンでおこなわれた自転車競技で、まず現地で差別的な反発があり、それが日本にもちこまれて注目を集めているようだ。


ロンドンで開催されたサイクリングレース、自称トランス女性(身体男性)が1位と2位を独占し、勝利のキスを見せつけた。

一方、3位の女性選手は幼児を腕に。

まさにジェンダーイデオロギーの縮図と話題。

現時点で約1万7千のいいねを集めており、リプライや引用リツイートも同調する意見がならんでいる。


すでにロイターによるファクトチェックがおこなわれ、最初からトランスジェンダーも参加できるよう定められた部門と指摘されている。
www.reuters.com
その背景について説明する文章を、文中のリンクを排しつつ、google翻訳を手直しせず併記して引用しよう。

The posts are lacking in context, however. The photograph showed the winners of the ThunderCrit “Lightning Category” race, organised by the North London ThunderCats Black Metal Bicycle Club (here).

The “Lightning Category” race is open to cis-women as well as “non-binary people whose physical performance aligns with cis-women” and “trans men and women whose physical performance aligns most closely with cis-women” (here).

Meanwhile, the “Thunder Category” race is designated to those who are cis-male, “non-binary people whose physical performance aligns most with cis-men" and “trans men and women whose physical performance aligns most closely with cis-men" (here).
ただし、投稿にはコンテキストが不足しています。写真は、ノースロンドンサンダーキャッツブラックメタル自転車クラブ(こちら)が主催するサンダークリット「ライトニングカテゴリー」レースの優勝者を示しています。

「ライトニングカテゴリー」のレースは、シスの女性だけでなく、「身体的パフォーマンスがシスの女性と一致する非バイナリーの人々」と「身体のパフォーマンスがシスの女性と最も密接に一致するトランスジェンダーの男性と女性」(ここ)に開かれています。

一方、「サンダーカテゴリー」のレースは、シス男性、「身体能力がシス男性と最も一致する非バイナリーの人々」、「トランス男性と女性の身体能力がシス男性と最も一致する」の人々に指定されています。 (ここ)。

被害者のように位置づけられている3位入賞の競技者が、実際は競った相手をたたえるツイートをしていることも紹介されている。

The contestant who placed third and was seen in the photo holding a child said on Twitter: “Thanks for your concern, but I am delighted with my podium, super proud to be part of the team that organizes such an inclusive and exciting event, and proud to race with such awesome competitors” (here).


3位で子供を抱いた写真に写っている競技者はツイッターで次のように述べています。そのような素晴らしい競争相手と競争することを誇りに思います」(ここ)。

昨日サンダークリットで表彰台を獲得したことについてメッセージを送ってくださった皆さん、ご心配をおかけして申し訳ありませんが、このような包括的でエキサイティングなイベントを主催するチームの一員であることを非常に誇りに思い、このような素晴らしい競争相手と競争できることを誇りに思います。
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実は冒頭でツイートを引用した「🇺🇸Blah🔥Come and take it🔥@yousayblah」氏は、ぶらさげたツイートでトランスジェンダーにひらかれた競技とは説明している。


主催者は現代ジェンダー観に合わせ男女枠を廃止。

しかし「サンダー」(男性と男性に近い身体能力のノンバイナリ&トランス男女)、「ライトニング」(女性と女性に近い以下同上)と枠の名前を変えただけ。

しかもノンバイナリとトランスは自己申告制。当然皆女性枠で出場。
https://thundercrit.com/race-categories/

わたしは「トランスジェンダーにはトランス枠を設けるべき」というのに反対。

それは社会が「性自認」という妄想を肯定することになる。

自分を肥満と信じる痩せた拒食症の「肥満自認」も、盗聴されていると感じる統合失調症の「違和感」も社会は肯定しないのに、なぜ性自認は扱いを変えるのか。

ただし上記で引用したように、トランスジェンダーのみが出場できる枠をつくることも否定している。性自認という概念を全否定するために。


しかし現在の日本のインターネットでは、おそらく性自認にあわせた性転換手術や戸籍変更などは受けいれられつつ、優遇されることへの不公平感のみが重視されやすいのだろう。
「🇺🇸Blah🔥Come and take it🔥@yousayblah」氏の最初のツイートばかりが匿名掲示板やまとめブログにきりとられ、女性競技にトランス女性が出場したと単純化されて拡散されている。
b.hatena.ne.jp


また、引用リツイートしている何人かの著名人も、やはり最初からトランスジェンダーもふくめた枠組みの部門と気づかずに論評しているようだ。


こんなの間違ってる
これ程女性が侮蔑され攻撃されることはない
自由ではなく攻撃
彼らは、”彼ら”と呼ぼう
彼らは、社会を壊すために使われている武器


3位の女性選手、不平を口にすることはできない。なぜなら口にした瞬間に差別者認定され、パージされてしまうからだ。彼女は子供を抱いて登場することで、トランス女性と女性は違う存在であることを示そうとしているかのようだ。無言の抗議だ。心が痛む。


女子スポーツが絶滅の危機に瀕してる。


スポーツは人間の運動能力を競うもの。しかし肉体が女性の人はなかなか人間のトップレベルには行けない。だから女子部門を作った。肉体男性には女子部門に出る資格はない。心が女とか男で分けられているものでは元々ないからだ。今後は全てのスポーツは人間部門と肉体女子部門にするべきだろう。


「男女」ではなく「XX/XY」で分けるべきじゃないかなぁ。

これは単なる言葉の言い換えじゃない。性自認その他の要素を一切無視した「遺伝子による身体の違いのみに基づく分類」という事。

その上でロッカールームの区別などを導入すればいい。

那覇氏のような保守派はともかく、何人かの「表現」関係者が入っていることには少し悩む。
葛西氏のみ、おそらくトランスジェンダーが異性のシスジェンダーと望まず近づけられた場合の性加害について考慮する違いがあるものの*1、やはり競技の背景は確認できていない。
被差別者を物語の素材として利用することは、必ずしも現実の差別に向きあうことにはつながらない。つながることもある、と信じたいところだが……

*1:ホルモン量ではなく染色体をもちだすところなどの違和感もあるが。