法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ドラえもん』のび太とのび太/アトカラホントスピーカー

のび太のび太」は、草むしりをしているのび太に買い物をたのんだ玉子が、買い物から帰ってきたのび太に出会っておどろく。買い物帰りののび太が庭に行くと、人形が落ちていた……
伊藤公志脚本で、『パーマン』にも登場する秘密道具コピーロボットをつかったアニメオリジナルストーリー。冒頭の時点で秘密道具をつかっていて、それを知らない親視点で導入する展開が珍しい。
鼻をぶつけて赤くなり、ドラえもんが本物と複製をかんちがいしてから、アイデンティティクライシスな物語へと発展。自身を複製のロボットと思いこむことで、恐怖を克服して活躍する逆転劇が楽しい。
思いこみを強化するジャイアンの弱体化も、野球の練習のしすぎという状況に密接な説明をつけて、打球がのびない場面でも血豆を見せて、物語の都合のための偶然という印象にならない。わかりやすく見せつつ、見せつけすぎない佐野隆史コンテも良かった。


「アトカラホントスピーカー」は2018年の再放送。もりたけしコンテ。あらためて視聴すると、作画はかなり良好。窓に顔を押しつけるジャイアンの気持ち悪さがなかなか。
hokke-ookami.hatenablog.com
金持ちが重病なのに自宅で徹夜で看病?という疑問が、新型コロナ禍の今では疑問にならなくなったのが良いのか悪いのか。とりあえず、政治が悪いとはいっておこう。

『Back Street Girls-ゴクドルズ-』

 覚悟をきめてカチコミをかけた若いヤクザ三人組。しかしそれは組に迷惑をかける暴走でしかなかった。死んでわびるか芸でかせぐかの選択をせまられ、男たちは美少女のように全身を整形手術してアイドルデビューする……


 週刊ヤングマガジンで2015年から2018年まで連載されたギャグ漫画を、原桂之介監督が2019年に実写映画化。同じスタッフで同年に原作に忠実な連続TVドラマも作られた。

 ヤクザ映画を多く作っているエクセレントフィルムズが制作し、代表取締役伊藤秀裕が脚本。それをヤクザ映画で一世を風靡した東映で配給という、座組そのものが冗談のような一時間半に満たない小品。
 11月20日からGYAO!で初の無料配信が予定されている。
gyao.yahoo.co.jp


 まずノイズ混じりの東映三角マークから、ヤクザのカチコミをテンポ良く見せていく。カット割りが細かく、意外と見られるアクションになっている。
 それでも作りこんでいるのはレトロ風味で騙す冒頭だけかと思いきや、けっこう全体を通して美術もロケハンもいい。TVドラマに毛が生えた小品のはずが、Vシネマではなく真面目に映画レベルの撮影をおこなっている。
 いくつかのアイドルのライブも悪くない。後半で大規模イベントが開催されることとなり、さすがに東京ドームや武道館は予算的に無理そうなところを、スケールダウンに物語上の必然性をつくって、舞台に不足を感じさせないクレバーさがあった。
 そうしてクライマックスのアイドルライブと並行して描かれる救出劇は見ごたえ充分。テンポの良いカット割り、キビキビと気持ちよいアクション、考えられた殺陣に多様な武器、驚くほど多いスタントエキストラ。体格の小さな女性スタントが男たちを相手にして、ちゃんと説得力ある戦いを見せる。


 物語も予想以上に良かった。悪くないとは聞いていたが、パロディにとどまらないジャンル映画として完成度が高い。
 主人公トリオは芸能活動に精神がひきずられつつも軸足はヤクザのまま。対極の立場たる少女アイドルになり、三者三様に自分を見つめなおすドラマが意外なシリアスさで描かれる。つまるところ構造としてはギャングが神父を演じたり鬼刑事が保父を演じるような物語と変わらない。

 意外なことに、男の肉体が女性化するジャンルでありがちな他の女性とのハプニングや、女性ではないというエクスキューズで主人公の裸体を見せる局面がまったくない*1。もともと原作からして絵柄の関係もあって性的描写があってもエロスよりギャグが強めだが、その下ネタすら痔で流血して女医に診てもらうくらい。主人公たちが撮影で水着を着たり乳や尻を出すこともなく、コンセプトをしぼって見やすい映画になっている。
 社会で女性が搾取される描写もあるが、あくまで主人公たちが戦うための動機づけ。芸能がヤクザな商売ゆえに主人公たちが参入できた原作の説得力を、そのまま反転して映画オリジナルの敵勢力を設定した。
 やっていることは実録映画ではなく任侠映画だ。原作の組長は実録路線のような非道ぶりで、任侠を語りながら部下を犠牲にしていく恐ろしさをギャグにおりまぜているが、この映画版ではミスした部下を命だけは助けて芸能活動のため叱咤激励する色合いが濃い。社会ではなく個人のありようとしてLGBTの描写を簡単に処理したのは、中途半端に語って破綻するより良かったと思う*2


 ところどころ引っかかりがないでもないし、原作やTVアニメ版のようなギャグの密度はないが、テンポ良く場面を転換してキャラクターが選択していくので軽やかなエンタメとして楽しめる。
 力を入れたクライマックスの、決着だけいきなり三池崇史レベルになるギャグも、暴力でドラマを重くしすぎないバランスとしては正解だろう。

*1:少し見たTVドラマでは、モザイクがわりに男の顔をかぶせるギャグではあるが、女体で全裸になる描写がある。

*2:先述のように、主人公たちはアイドルとして承認欲求が満たされることでジェンダーがゆらぐものの、最後まで性自認は男性なのでトランスセクシャルではないと解釈するべきだろう。また未見だが、監督は初映画作品『小川町セレナーデ』で、トランス女性をモチーフにしたオリジナルストーリーを展開して、新藤兼人賞を受けているとのこと。

『相棒 Season20』第6話 マイルール

人気ミステリ作家が、好評連載中の作品で最終回だけを残して殺害された。現金主義で大金を身に着けていると公言していたことから強盗殺人と考えられた。
しかし作家はパワハラや遊び好きで知られていたが、それは真面目な素顔を隠すためだったらしい。さらに連載作品が過去の悲劇にもとづいているとわかり……


このシリーズでは「うさぎとかめ」等を手がけた森下直の脚本で、さまざまな「ルール」に翻弄される人間模様が描かれた。
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まず作家に対するファンの熱狂ぶりの説明として、物語のモデルとなった場所への来訪を「聖地巡礼」と呼ぶ近年の文化が描写された。もちろん、もともとの宗教的な意味から類推しやすいだろうし、細かく説明しなくても比喩表現として理解されるだろうが。
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そして観光地でもなければトラブルにもなりやすい聖地巡礼を作者がコントロールして、人々を誘導しようとしていたという真相も現代的な面白さがある。フィクションにおりまぜた情報で何かを指弾することは虚構でも現実でもよくあるが、そこで悪人の名前と居場所が周知されるアイデアとして、名前のマイルールから関連性を出すという情報の距離感に適度な歯ごたえがある。悪人視点で考えると、連載が進むにつれて開示される情報が自分に近づいてくる恐怖が生まれるだろう。
そうして応報感情に身をゆだねることが社会復帰をさまたげ、新たな犯罪を生みだしかねないという問題提起もきちんとしている。中盤で過去の少年犯罪者が判明して自白したことで真犯人が別にいることはわかるが、その時系列をうまく隠していてミステリとして楽しめたし、その真犯人の愚行ぶりも応報感情に影響されたものという構図がテーマにそっていて完成度が高い。
復讐心は作家個人の内面問題に処理して何が正しいかの結論を出さず、そのような復讐心に安易に加担する人間の利己的な愚かさを描いたことも良かった。復讐そのものは否定しないまま、復讐を社会が肯定することへの批判と皮肉を感じさせる。


しかし作中の連載作品の初期構想について考えると、最終回に解明される真犯人の名前が最終回になってはじめて登場する構成は、謎解きで楽しませるミステリとしてどうなのだろう。一応、そこまでに登場した名もなき登場人物が真犯人とわかる伏線が充分にあれば、名前だけが解決編で初めて語られても本格推理として成立するとは思うが……
さすがに連載を進めるにつれて初期構想とは異なる最終回になったことも語られるが、そこで出力された作品が杉下の説明や劇中イメージ映像を見る限り『20世紀少年』的な観念ぶりで、これはこれでどうなのだろう。一応、角田課長がツッコミを入れることで普通に考えれば肩透かしな結末というエクスキューズにはなっているが……

『進撃の巨人』の被差別収容者を象徴する腕章グッズが批判され、販売中止を決定したとのこと

注目を集めたグッズ販売告知は、アニメ公式アカウントによるツイートだった。


【マーレの腕章】が登場!

3色セット、完全受注生産にて発売いたします。
キャラクター着用の腕章を忠実に再現いたしました。

■受注期間:11/15 (月) 0:00 ~ 12/3 (金) 23:59 まで
■詳細は下記特設サイトにてご確認下さい。
https://shingeki.mt-otk.com

#shingeki
#進撃の巨人
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作品の文脈や配慮を感じさせないツイートに加えて*1、各国で商業展開されている人気作品ということもあってか、外国語をふくめた複数の批判リプライがついている。
告知の1週間前、米国の共和党議員が移民排除のメッセージで『進撃の巨人』のアニメ映像を借用したことも、批判的に注目される一因だったのかもしれない。
「進撃の巨人」改変のヘイト映像、米共和議員が民主議員を「攻撃」 | 毎日新聞

ゴサール下院議員(西部アリゾナ州選出)がツイッターで、与党・民主党のバイデン大統領やオカシオコルテス下院議員に暴力を振るう内容に改変した日本アニメの映像を一時公開し、物議を醸している。

 メキシコとの国境に移民が殺到し、国境警備隊が対応にあたる現実の映像を交えながら、ゴサール氏を模したキャラクターが、顔の部分をオカシオコルテス氏に変えた巨人を攻撃したり、剣を手にバイデン氏に立ち向かったりしている。


グッズ化された腕章はナチスドイツによるユダヤ人強制収容をモチーフにしていると思われる。
ウッジ・ゲットー Łódź Ghetto写真解説;鳥飼行博研究室

1940年より,ユダヤ人は目に付くように大きな黄色いユダヤの星を着けるように命じられた。

3年前、韓国のアイドルグループの私物*2で植民地解放を喜ぶ図像に原爆写真が引用されていたことで、主に日本から複数の批判があった。
原爆によって日本が降伏したことが事実でなくても、原爆が日本の敗戦を象徴する図像となっている難しさ - 法華狼の日記
一方で日本はナチスドイツと枢軸国として協力していた。支配からの解放を喜ぶ側でも歴史的な犠牲に注意するべきである以上、支配の協力者はいっそう注意深くあるべきだろう。
もちろん作品では被支配側の苦しみを描いているわけだが*3、たとえ連帯のためのグッズ化だったとしても、それを支配側が商品化すること自体がわだかまりを生むかもしれない。


そして批判された告知ツイートから24時間たたないうちに、同じアニメ公式アカウントで下記ツイートのように報告と謝罪がおこなわれた。


進撃の巨人」製作委員会よりお知らせです。
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日本語の画像による文章しかなく、外国に向けた説明として良くはないのだが、急いで書かれた事情はわかる。行頭一字下げが一段落目だけなくらい形式を整えることすらできていない。
そう思えば差別を認めないことを公式として明言して、はっきり判断理由を説明して謝罪もしていることから、最初の報告としては悪くないと思った。

*1:劇中でも否定されるべき問題をあつかっていると関係者が理解できていたなら、同じ設定のグッズ化にしても違う展開がありえたかもしれない。

*2:芸能人が公表している姿は私生活と完全に切り離すことは難しいが、公式アカウントが受注販売するグッズと比べれば、既成のTシャツを着用したことは私的な行為といえるだろう。

*3:なお、主人公陣営と被支配者は同族でありながら敵対するという、少しこみいった構図になっている。

『世界まる見え!テレビ特捜部』笑えるおマヌケさんが大集合!かっこわるー

ボーダーセキュリティーは米国版。いつものように犯罪者を阻止しようとする税関を賞揚する……展開になりそうなところで、今回に没収されたのはウクライナ人が個人的に大好物としてもちこんだバナナくらい。たしかに外来生物をもちこむ危険性などはあるだろうが、大量の密輸のような重い罪ではないことが明らか。さらに大量の食料品をもちこんだベトナム人は、衣料や茶葉に虫がついていて没収されたものの、英語がうまくつかえないだけで素直にひきわたして大きなトラブルにはならずに入国した。


チリでは刑務所に悪ガキ3人が体験入所。3人ともドラッグに手を出しているとカメラに対していきがり、それを知った親を泣かせたりする。
もちろん巨大刑務所で凶悪犯に直面し、3人は最初からおびえた状態で最下層の労働をしいられる。懲罰をかねるように囚人から理不尽な罵倒をされ、模範囚と面会してやりなおしの機会を語られたりした3人は反省……
以前に同種のリアリティ番組を見た時の印象から意外性のない展開に終始したし、教訓ドキュメンタリとしては良くも悪くも平凡だったが、巨大刑務所の共同体生活がかいま見えたところは興味深かった。


インドネシアからは、スンバワ島で伝統的におこなわれている少年たちの競馬が紹介された。
小さな馬ばかりのスンバワ島で、ジョッキーになれるのは体格の小さな子供だけ。きわめて貧しい島において、競馬の賞金や馬の調教をおこなう子供は珍しく収入が良く、家族全体で十歳にならない子供に依存している。
もちろん肉体ができあがっていない子供たちにとって危険なスポーツであり、カメラの前でも落馬する瞬間が映し出されたりした。最強のジョッキーも7歳の子供らしく、馬が出走直前に暴れた時は泣き出したりする。
どうやら2019年にBS世界のドキュメンタリーで放映されたものと同じ素材らしい。登場するジョッキーの名前も同じ。ただし家庭環境の複雑さなどはかなり省略しているらしく、良くも悪くも文化紹介に徹した編集だった。
www6.nhk.or.jp