法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『Back Street Girls-ゴクドルズ-』

 覚悟をきめてカチコミをかけた若いヤクザ三人組。しかしそれは組に迷惑をかける暴走でしかなかった。死んでわびるか芸でかせぐかの選択をせまられ、男たちは美少女のように全身を整形手術してアイドルデビューする……


 週刊ヤングマガジンで2015年から2018年まで連載されたギャグ漫画を、原桂之介監督が2019年に実写映画化。同じスタッフで同年に原作に忠実な連続TVドラマも作られた。

 ヤクザ映画を多く作っているエクセレントフィルムズが制作し、代表取締役伊藤秀裕が脚本。それをヤクザ映画で一世を風靡した東映で配給という、座組そのものが冗談のような一時間半に満たない小品。
 11月20日からGYAO!で初の無料配信が予定されている。
gyao.yahoo.co.jp


 まずノイズ混じりの東映三角マークから、ヤクザのカチコミをテンポ良く見せていく。カット割りが細かく、意外と見られるアクションになっている。
 それでも作りこんでいるのはレトロ風味で騙す冒頭だけかと思いきや、けっこう全体を通して美術もロケハンもいい。TVドラマに毛が生えた小品のはずが、Vシネマではなく真面目に映画レベルの撮影をおこなっている。
 いくつかのアイドルのライブも悪くない。後半で大規模イベントが開催されることとなり、さすがに東京ドームや武道館は予算的に無理そうなところを、スケールダウンに物語上の必然性をつくって、舞台に不足を感じさせないクレバーさがあった。
 そうしてクライマックスのアイドルライブと並行して描かれる救出劇は見ごたえ充分。テンポの良いカット割り、キビキビと気持ちよいアクション、考えられた殺陣に多様な武器、驚くほど多いスタントエキストラ。体格の小さな女性スタントが男たちを相手にして、ちゃんと説得力ある戦いを見せる。


 物語も予想以上に良かった。悪くないとは聞いていたが、パロディにとどまらないジャンル映画として完成度が高い。
 主人公トリオは芸能活動に精神がひきずられつつも軸足はヤクザのまま。対極の立場たる少女アイドルになり、三者三様に自分を見つめなおすドラマが意外なシリアスさで描かれる。つまるところ構造としてはギャングが神父を演じたり鬼刑事が保父を演じるような物語と変わらない。

 意外なことに、男の肉体が女性化するジャンルでありがちな他の女性とのハプニングや、女性ではないというエクスキューズで主人公の裸体を見せる局面がまったくない*1。もともと原作からして絵柄の関係もあって性的描写があってもエロスよりギャグが強めだが、その下ネタすら痔で流血して女医に診てもらうくらい。主人公たちが撮影で水着を着たり乳や尻を出すこともなく、コンセプトをしぼって見やすい映画になっている。
 社会で女性が搾取される描写もあるが、あくまで主人公たちが戦うための動機づけ。芸能がヤクザな商売ゆえに主人公たちが参入できた原作の説得力を、そのまま反転して映画オリジナルの敵勢力を設定した。
 やっていることは実録映画ではなく任侠映画だ。原作の組長は実録路線のような非道ぶりで、任侠を語りながら部下を犠牲にしていく恐ろしさをギャグにおりまぜているが、この映画版ではミスした部下を命だけは助けて芸能活動のため叱咤激励する色合いが濃い。社会ではなく個人のありようとしてLGBTの描写を簡単に処理したのは、中途半端に語って破綻するより良かったと思う*2


 ところどころ引っかかりがないでもないし、原作やTVアニメ版のようなギャグの密度はないが、テンポ良く場面を転換してキャラクターが選択していくので軽やかなエンタメとして楽しめる。
 力を入れたクライマックスの、決着だけいきなり三池崇史レベルになるギャグも、暴力でドラマを重くしすぎないバランスとしては正解だろう。

*1:少し見たTVドラマでは、モザイクがわりに男の顔をかぶせるギャグではあるが、女体で全裸になる描写がある。

*2:先述のように、主人公たちはアイドルとして承認欲求が満たされることでジェンダーがゆらぐものの、最後まで性自認は男性なのでトランスセクシャルではないと解釈するべきだろう。また未見だが、監督は初映画作品『小川町セレナーデ』で、トランス女性をモチーフにしたオリジナルストーリーを展開して、新藤兼人賞を受けているとのこと。