法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

ゲーム『アサシンクリード シャドウズ』の販売停止をもとめる署名報道に対して、日本軍慰安所制度映画『鬼郷』の歪曲された監督発言を引くhagakuress氏

「日本史を侮辱」戦国時代舞台の仏ゲーム、発売中止署名に9万超 主人公「弥助」巡り論争 - 産経ニュース

フランスのゲーム会社が発売を予定しているソフトがSNSなどで〝炎上〟し、発売中止を求めるオンライン署名の賛同者が10万人をうかがう勢いになっている。舞台は戦国時代の日本だが、主人公の1人を織田信長に仕えた実在の人物で黒人の「弥助」にしたことで、不確かな内容が史実として海外で拡散されることを懸念する声が上がった。署名の呼びかけ人は「日本の文化と歴史に対する深刻な侮辱」だと主張する。

Xでは「今はデマでも、数十年後に政府が謝り、子孫を名乗る人が賠償請求することになるのでは」「(吉田清治氏の虚偽証言で広まった)従軍慰安婦問題のようになりかねない」と、〝偽史〟の拡散を懸念する声が相次いだ。

 フェミニストだけが表現のさしとめを要望するかのような虚偽が流布され信じられているわけだが*1、その反証となる新たな事例として上記の署名を位置づけて良いだろう。
 署名を報じた産経自体も、当該記事こそ良くも悪くも中間的な筆致だが、産経がふかくかかわる講演における記事では日本軍慰安婦問題となぞらえて反発する意見を肯定的につたえている。
戦国舞台ゲーム「弥助」の誤認識拡散、内藤陽介氏「正確な情報発信を」栃木「正論」友の会 - 産経ニュース

内藤氏は「事実を歪曲(わいきょく)した弥助のイメージが欧米で拡散している」とし、「(問題を)放置すれば、慰安婦問題が拡散されたときと同じ状況になる可能性がある。早いうちに注意喚起し、『事実ではない』と発信していかなくてはならない」と訴えた。


 はてなブックマークを見ると、おおむね署名への批判がどの立場からも出てきているが、日本軍慰安婦問題になぞらえる論調にあわせるように別作品の話題をもちだすものがあった。
[B! 文化] 「日本史を侮辱」戦国時代舞台の仏ゲーム、発売中止署名に9万超 主人公「弥助」巡り論争

id:hagakuress 映画『鬼郷』の監督さんくらいぶっとんでないとアカンな。「連行された少女たちの年齢は12歳程度。ほとんどが殴られて死にました。20万人が連行され、生きて帰ってきたのは200余人、現在生きておられる方は44人です」

 カギカッコに引用された文章は出典が明らかではないが、おそらく週刊ポストの下記記事を要約したものだろう。
韓国の反日映画『鬼郷』 韓国人の対日観への影響必至|NEWSポストセブン

同作の趙廷来監督は、記者会見でこう述べている。
「実際に連行された少女たちの年齢は12歳程度です。その多くが初潮もきておらず、男女の関係が何なのかも知らない状態で、ほとんどが殴られて死にました。20万人が連行されて、生きて帰ってきたのは200余人であり、現在生きておられる方は44人です」

 この「12歳」「ほとんどが殴られて死んだ」「20万人が連行」という話は歴史の検証で否定されているが、この妄想につじつまを合わせると、「なぜ20万人もいたのに200余人しかいないのか? みんな殺されたからだ」となる。

 念のため、十代の慰安婦がいたことは公式的な資料からも明らかにされており、少なくとも16歳がいた記録は日本政府のかかわる事業でも採用されている*2。20万人が連行*3されたという認識も、やはり有力な推計数のひとつであって歴史検証で否定できたことなどはない*4
 監督の歴史認識について東亜日報のコメントから引くと、詩的な表現でわかりにくいところがあるが、そもそも総数不明と認識しているし、あくまで「200余人」は公式に認定された人数とわかる。「ほとんどが殴られて死んだ」という認識はうかがえない。
慰安婦を題材にした韓国映画『鬼郷』への、niwakaha氏による奇妙な難癖 - 法華狼の日記

"公式に行った人の数字が分からない。 だが生き返ってきた朝鮮の女性たちの数字は公式に238人だ. もちろん虐殺記録もある。 映画にも出てくる。 必要なければ山に引っ張っていって殺してしまうと。 証言者が残した証言の記録を見れば全部死の記録だ。 だが、この記録は生きた人間の記録というものだ。 死んだ人の記録は死亡者だけ分かるという。 証拠をなくすために穴を掘っておいて虐殺した跡も発見されている。 一つ一つずつさらに明らかになっている状況だ"と説明した。

日本の歴史学とてらしあわせても、この監督の認識が特に奇妙だとは思えない。

 後に映画を見たが「ほとんどが殴られて死んだ」と思える描写は存在せず、かつ大半が殺害されたという描写でもなかった。殺害描写にしても、日本政府のかかわった事業でも否定できない証言として言及された事例に近かった。
『鬼郷』 - 法華狼の日記

地下壕に爆弾が落ちて生き埋めになったというのも可能性としては考えられる。しかし、バラバラになった遺体が露出していることや、写真のキャプションの中で、「不審に思って立ちすくむ中国兵士」とあること、またハエが一面に密集している状態を考えると、日本軍が立ち去った時から、そのままそこに遺棄されていたと考えるのが自然であろう。

これは日本政府の事業として対外的に広報されている団体が、公式に発表した論文だ。同じ状況を韓国の劇映画が描いたことは、むしろ日本の見解の引用といってもいい。

 今回の産経記事からは、歴史認識や表現内容をきちんと論じずに表現の自由だけ論じようとすることの危うさを感じざるをえない。形式的に抑圧する文章ではなくとも、誤った歴史認識を流布する機会に利用できることがhagakuress氏のコメントでわかる。