法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『サイダーのように言葉が湧き上がる』

 水田のなかにある巨大ショッピングモールで、腰痛の母の代理としてデイサービスのアルバイトをする、俳句好きの少年チェリー。配信者として人気をあつめながら、コンプレックスの出っ歯を矯正しはじめて、マスクで隠している少女スマイル。ちいさなトラブルからふたりは知りあい、ひとりの老人がたいせつにしていたレコードをさがすために協力するが……


 ビクターのアニメ関係レーベルのフライングドッグ10周年を記念した、2021年のアニメ映画。イシグロキョウヘイ監督は、これが初の劇場監督作になる。

 いかにも地方都市の夏におけるボーイミーツガールを描いた作品らしく、Eテレで8月16日深夜から放送予定。
映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」 - NHK


 内容としては、ProductionI.Gから派生したシグナル・エムディとサブリメイションが共同制作し、記念作品でありつつ1時間半に満たない小品としてまとめている。良くも悪くも引っかかりのない、それこそサイダーのようにさわやかに飲みこみやすい作品。
 地方都市のちいさな街としてのショッピングモールを中心的な舞台に、音楽会社らしくレコードを中心的な小道具にして、外見に悩む個人配信者や外国をルーツにもつ少年のグラフィティアート、子供による老人介護といった現代的な要素をよせあつめつつ、社会問題には踏みこまずライトな娯楽作品にとどめている。
 少年と少女が出会うきっかけとしてスマホのとりちがえという古典にしてもベタすぎるトラブルを設定したり、レコード屋を棚卸しして目的のレコードをさがす場面が単調だったり、少年の最後の行動があまりに予定調和だったりするが、描くべき要素が多いので個々の描写を安易にすませるのはしかたないかもしれない。
 さがしていたレコードのありかはけっこう感心したし、資本主義の権化のようなショッピングモールがそれなりに歴史と共同体を継承しているのだと描いていく謎解きも悪くなかった。語りすぎない結末から余韻を断ち切るようにエンドロールに入る無駄のなさも俳句をモチーフにした作品らしさがあった。
 作画は全体的に安定して現代アニメ映画の水準に達しているが、アニメーションで突出したところはモール内でのスケートボード暴走くらいか。どちらかといえば夏らしい彩度の高い風景のため、くっきり実線でえがいた背景美術が目を引いた。