法華狼の日記

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ベトナム戦争で韓国軍が慰安所に関与していたという報道について、少しばかり

米公文書で確認されたと、産経新聞が報じていた。残念ながら「歴史戦」という意味不明な文脈に乗せられて、公文書そのものの文脈ははっきりしない。
【歴史戦】「韓国軍が慰安所設置」 ベトナム戦争時 米公文書に記述(1/2ページ) - 産経ニュース

韓国がベトナム戦争時、サイゴン(現ホーチミン)市内に韓国兵のための「トルコ風呂」(Turkish Bath)という名称の慰安所を設置し、そこでベトナム人女性に売春させていたことが29日、米公文書で明らかになった。

当時に「従軍慰安婦」という名称がなかったから、その言葉を使ってはならないと主張する人々がいる*1。そうした人々は「Turkish Bath」や後述の「Welfare Center」を「慰安所」とみなす産経について、どのような態度をとるだろうか。

 文書は米軍からベトナム駐留韓国軍最高司令官、蔡命新将軍に宛てたもので、日付は記載されていないものの1969年ごろの通報とみられる。韓国陸軍幹部らによる米紙幣や米軍票などの不正操作事件を説明したもので、その調査対象の一つとして「トルコ風呂」が登場する。

以前から、米軍も部隊レベルでは慰安所をつくっていたことが吉見義明教授らによって指摘されている。第二次世界大戦における日本軍との違いは、軍中央の推進や計画によるものではないこと、本国に知られると閉鎖したこと*2。米兵が慰安婦をつれまわした問題は、実話にもとづく劇映画もつくられた*3
この「通報」という表現からすると、これも米軍にとって不祥事だったし、それを韓国軍につたえる文脈と感じられる。


【歴史戦】「韓国軍が慰安所設置」 ベトナム戦争時 米公文書に記述(2/2ページ) - 産経ニュース

ベトナムの通関当局と連携した調査の結果として「トルコ風呂は、韓国軍による韓国兵専用の福祉センター(Welfare Center=慰安所)」と断じた。また、その証拠として韓国軍のスー・ユンウォン大佐の署名入りの書類を挙げた。

くわしく書類の内容を知りたいところだ。記事から受ける印象としては、軍中央が兵站にくみこんだ日本軍とは踏みこみが異なるようではある。念のため、踏みこみが浅いからといって、韓国軍や米軍の責任がなくなるわけではない。
ところで、書類に署名している「大佐」という階級は、スマラン事件で収容所に乗りこんだ日本軍将校と同じだ*4。日本軍の直接的な強制募集として知られているスマラン事件は、しばしば「末端」の問題として軽視されてきた*5。どちらにせよ、将校の事件を軍組織の問題と産経が認識できるようになったのなら、それは良いことだ。
ちなみに、米軍と南ベトナムが協力して売春管理をおこなっていたことは林博史教授が指摘している*6。調査された経緯に不思議はなく、報じられた米公文書は実在するのだろう。

ベトナム人ホステスがいることや「売春婦は一晩をともにできる。料金は4500ピアストル(38ドル)。蒸気風呂とマッサージ部屋は泊まりの際のあいびき部屋として利用できる」ことなどを指摘している。

料金をしはらうことは慰安所の問題性を否定する根拠にならない。そう産経新聞が認識できるようになったなら、それは良いことだ。ちなみに現在は資料として採用されない吉田証言も、慰安婦には給料が出されるという内容だった*7


記事の最後には、秦郁彦氏が「今後、米国にいるベトナム難民移住者らが声を上げる可能性もあり、韓国に旧日本軍のことを言う資格はないという意見も出るだろう」といったコメントを出しているが、日本政府がベトナム戦争においてどの陣営に属していたかを考慮すると、韓国批判が日本擁護につながる可能性は低いだろう。
ちなみに、米国下院で慰安婦決議をとおしたマイク・ホンダ議員の公式サイトには、日本語版がないのにベトナム語版があった。同じアジア系というくくりではベトナム移民のボリュームが大きいためらしい*8ベトナム移民が韓国へ批判の目を向けるようになったとして、やはり日本軍への批判をやめるインセンティブが生まれるようには思えない。


はてなブックマークのコメントを見ると、こうした従軍慰安婦問題の基礎知識が欠けた反応が散見される。
はてなブックマーク - 【歴史戦】「韓国軍が慰安所設置」 ベトナム戦争時 米公文書に記述(1/2ページ) - 産経ニュース
今回の「広義の強制」は日本軍の「狭義の強制」と同じ階級であること、日本軍はより深い関与が公文書から明らかにされていることくらいは知られているかと思っていた。
教育や広報による従軍慰安婦問題の周知は、やはり今なお必要なようだ。

*1:従軍慰安婦否認論者はホロコーストという言葉も知らないらしい - 法華狼の日記では、藤岡信勝氏の主張を代表的にとりあげた。

*2:吉見義明『従軍慰安婦』202頁以降。ただし、研究の進展によっては、より日本軍に近い歴史がほりおこされる可能性も指摘している。

*3:『カジュアリティーズ』 - 法華狼の日記

*4:正確には、同じ階級に翻訳されても各国では異なることがあるし、同じ軍隊でも単純に同等というわけではないが。

*5:ワシントン特派員の「末端の将校」という記事を産経新聞が載せていたので、「末端の将校」が強制募集したスマラン事件と、吉田清治証言の済州島事件を比べてみる - 法華狼の日記吉田清治証言と比べたことがある。

*6:http://www.geocities.jp/hhhirofumi/paper75.pdf

*7:吉田清治『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』を読む - 法華狼の日記

*8:マイク・ホンダの使用言語 - 法華狼の日記で言及した。