法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『モガディシュ 脱出までの14日間』

 韓国が国連加盟をめざしてアフリカ諸国にはたらきかけていた1980年代末から1990年代初頭にかけて、ソマリアで内戦が勃発した。巻きこまれた韓国大使館と、当時は先んじてヨーロッパやアフリカと関係を深めていた北朝鮮大使館が、脱出のため協力せざるをえなくなる……


 近年に情報公開された実話にもとづく2021年の韓国映画北朝鮮工作員主人公のドイツ舞台アクション『ベルリンファイル』*1等のリュ・スンワンが監督をつとめた。

 民主化が進まない韓国は世界各国との関係が弱く、北朝鮮のほうが西側もふくめて多くの国と関係をもっていた時代。国際関係に仲間入りしようとする韓国を北朝鮮が策略で妨害できたりする。
 それでも内戦が勃発して多くの大国が撤退し、とりのこされて友好をふかめていく定番の呉越同舟になるのだが、どちらも意外と最後まで合理的な取引をつづける。反目しあう若手が協力しなおす描写がないことには逆に驚いた。
 どちらかといえば、かぎりなく相手を知って近づけたのに、最後の一線をこえられなかった痛みのドラマになっている。そしてその最後の一線をこえない判断が、相手を尊重して守るドラマにもなっている。


 先に非武装で虐殺される反政府運動のリーダーを痛々しく描いたり、スラム街の子供たちに対する北朝鮮大使館員の利用と交流を描いたりして、けしてソマリア独裁政権を肯定しないところも良かった。非武装反政府運動を弾圧した結果として武装した反政府運動だけが残ったわけで、独裁政権が暴力で崩壊したこと自体は当然のむくいと映画を見るだけで感じられる。
 イスラム教については礼拝をおごそかに演出して、それによる戦闘の中断のおかげで脱出の糸口をつかむように描写して、宗教への印象を無駄に悪くしない工夫も感心した。
 一方で陰惨な内戦のなかで戦争ごっこのように楽しげに銃をふりまわす少年兵の描写は痛々しい。さまざまな情報を大人が遮断しようとする北朝鮮の子供にも悲しさがある。子供が殺される描写でなくても、戦争や国家が子供を傷つける描写はできるのだ。


 撮影は当時のソマリアと風景が似つつ撮影しやすいモロッコでオールロケしたとのこと。韓国映画としては初めてのアフリカオールロケ作品でもあるという。
 もちろん安定した国家と内戦の風景が完全に同じなわけではない。VFX製作会社DEXTERのメイキングを見ると、さまざまな建造物を3DCGでおきかえたり、内戦の傷跡を建物に追加したり、ブルーバックで当時の空港を再現していることがわかる。

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 カーチェイスする自動車の内外を『アシュラ』*2と同じくカメラが行き来する描写は、シンプルな技術ですませているようだ。雨中を走りぬける『アシュラ』と違って、手づくりの装甲で窓を隠しているおかげだろうか。
 特筆するほど斬新なVFXはつかっていないが、アクションを安全に風景を自然に撮影するため、すみずみまで手をぬかず活用している。韓国映画らしい制作リソースのわりふりだった。