法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

従軍慰安婦20万人という有力な推計数に対して、伝聞評価を反論として持ち出す不思議と、アジア女性基金報告書にまつわる誤読

最初は、籾井勝人NHK新会長の発言*1を報じるBBC記事につけられた、はてなブックマークコメントだった。
はてなブックマーク - Japan NHK boss Momii sparks WWII 'comfort women' row - BBC News

id:songoku38
BBCですら「20万人」という数字を鵜呑みにしてるのにびっくり 2014/01/27

該当すると思われる記述は下記のとおり。
Japan NHK boss Momii sparks WWII 'comfort women' row - BBC News

Up to 200,000 comfort women are estimated to have been forced to work in Japan's military brothels in World War Two, most of them Korean.

「estimated」とあるように、あくまで推計数として20万人という数字を記述している。「鵜呑み」にはほどとおい。
また、「most of them Korean」と、ほとんど朝鮮半島出身者と書いているように読めるが、逆にいえば全てがそうだと主張しているわけではない。


もちろん、songoku38氏は他のコメントで批判されている。

id:jaikel
20万人に引っかかってるバカが未だにいるけど、あの数字はオランダ人などの非アジア人や日本人も含めた全体の数字だからな。アメリカに建てられた碑にもそのことはきちんと記されている。 2014/01/27

id:uchya_x
20万人に文句つけたいなら、ちゃんとした根拠をつけて人数を出して見な。やれるものならやってみろ。本来それは日本政府がきちんと調べて報告しなきゃいけないことだぜ。 2014/01/28

この両氏の批判に対する反論のつもりなのか、songoku38氏のコメントにはてなスターをつけたhagakuress氏が、コメントで下記のような文章を引いていた。

id:hagakuress
慰安婦問題」の基礎知識 Q&A  小菅信子 http://synodos.jp/faq/4126 アジア女性基金の報告書では秦郁彦氏の1999年の研究である約2万人という数字を「真実に近かったのかもしれません」と示唆しているように読めます。 2014/01/28

根拠としている小菅信子氏の記事から、前後をふくめて引用しよう。
「慰安婦問題」の基礎知識 Q&A / 小菅信子 / 近現代史 | SYNODOS -シノドス- | ページ 2

さまざまな総数についての見解は提示されているものの、すべてそれぞれの研究者の推算です。


アジア女性基金の報告書では、20万人、36〜41万人などを容れず、「金原節三業務日誌」にもとづき、秦郁彦氏の1999年の研究である約2万人という数字を「真実に近かったのかもしれません」と示唆しているように読めます。

小菅信子氏も直前に全て推算でしかないと明記しているのに、あくまで「かもしれません」「示唆しているようによめます」というだけの数字が、ひとつの推計数に対する反論に使えるものだろうか。


さらにアジア女性基金の見解を確認するため、公式サイトから人数についての記述を見ると、やはり反論の根拠にならないことがはっきりする。後述するように、このページは報告書とほとんど同じ内容だ。
慰安所と慰安婦の数 慰安婦問題とアジア女性基金

慰安婦の総数を知りうるような総括的な資料は存在していません。総数についてのさまざまな意見はすべて研究者の推算です。

「研究者たちの推算」という表に並べられた人数は2万から41万で、20万は中間の数字といっていい。もちろん2万人という数字が比較的に正しいとする根拠は、このページには書かれていない。
そして同じページから「金原節三業務日誌」にまつわる記述を引いてみよう。

 問題はパラメーターと交代率の取り方であることは明らかです。「兵100人女1名慰安隊ヲ輸入」という言葉が金原メモに見える昭和14年4月の上海第21軍軍医部長の報告にあります(上海第21軍軍医部長報告 金原節三資料摘録より)。この数字を基準に考えれば、兵士100人当たり慰安婦1人ということは、兵士が毎月1回慰安所にいくとしたら、慰安婦は日に5人を相手にして、月平均10日は休んでいるという状態です。

報告書と読み比べたところ、ほとんど同じ文章の後に「病気で働けない女性がいることを考えれば、この程度の数字が真実に近かったのかもしれません」*2と書いてあった。
これが根拠だとすると、小菅信子氏は報告書を誤読していたようだ。「金原メモ」で示唆されている比率は100対1であり、それを採用していたのは「研究者たちの推算」を見てもわかるように吉見義明説だ*3。一方で2万人という秦郁彦説の比率150対1は「昭和国勢総覧」から割り出されたものだ。
念のため説明すると、このページは休日分だけ資料よりも人数が少なくすむという話をしているのではない。休日が多ければ多いほど、むしろ従軍慰安婦の必要な人数が増えるはずではないか。あくまで100対1という比率を固定してから休日率を推計し、慰安所の連続的な運用が可能だったかどうかを推測しているだけだ。
そして「研究者たちの推算」で100対1から導かれている4.5万人は、あえて交代率を低く見つもった下限数だ。つまりアジア女性基金の見解としては、4.5万人以上を「真実に近かったのかもしれません」と評していると読むべきだろう。結果的にhagakuress氏は過去に見すごされていた小菅信子氏の間違いを掘りおこしてくれたようだ。


ちなみに産経新聞でも、このページを同じように誤読したらしい記事が掲載されたことがある。下記エントリで批判した。
従軍慰安婦の推計において、産経新聞記事にある疑問・矛盾の数々 - 法華狼の日記

なぜか交代率を予備人数を考慮したものととらえている。

まず兵士100人が月1度ずつと仮定し、利用回数が30日で100回。次に慰安婦が1日5回ずつ相手すると仮定し、20日かけて100回が終わり、残った10日が休日。つまり、ただ兵士100人につき慰安婦1人という基準から、机上の計算をおこなっただけ。兵士が利用した日数と、休日を加えた日数が1.5倍の比率になっているのは、ただの偶然だ。

この偶然が、100対1という資料の数字を150対1という比率へ変換できるかのように誤読する原因ではあるのだろう。もっとも、この誤読をしたとしても20万人という推計数が否定できないことに変わりないが。
そして上記エントリでも紹介したように、2万人という秦郁彦推計数に対しては、その手法そのものに問題が指摘されている。比率をわりだす時、同じ資料の異なる部分から異なる性質の数字を引いてしまっていたのだ。
秦郁彦氏の慰安婦数推計法の誤謬について(1):注記を追加 - 永井和の日記 - 従軍慰安婦問題を論じる

 「三業の婦女約20万」というのは、警察に「芸妓」「酌婦」「娼妓」の営業登録をした女性の数ですから、これは「実人数」を示します。正確に言えば、1937年なら1937年末の時点での登録者数を示す数字です。

 いっぽう、「遊客3000万」というのは、利用者数ですので、こちらは「延人数」です。その年において接客サービスを利用して支払いをした人間の総数であって、利用した客の「実人数」ではありません。


一般論としても、他人を「鵜呑み」と批判するならば、自分の根拠も疑ってしかるべきだろう。相手が推測という立場を明記しているくらい慎重ならば、なおさらだ。

*1:簡単に批判したエントリはこちら。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20140127/1390777411

*2:http://www.awf.or.jp/pdf/0189.pdfの11頁。

*3:元となった『従軍慰安婦』においては、まず32頁で比率こみで引用し、78頁の推計時に援用している。