法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ダンケルク』

 1940年、フランスの街角で逃げまどう英軍兵士が、イギリスへ脱出しようと兵士が待機する海岸へたどりつく。一方、兵士の脱出を助けようとする民間のちいさな観光船がイギリスから出港した。また一方、脱出を支援するため三機の英軍戦闘機が海上を飛んでいた……


 第二次世界大戦の脱出作戦にもとづく2017年の米国映画。クリストファー・ノーラン監督は製作や単独脚本もつとめている。

 脱出船を待って海岸で待機している無数の兵士たちを序盤で描いて、戦争で危機にさらされる人命の多さを印象づけつつ、カメラはひとりひとりにクローズアップしていく。俳優の顔を大写しにして、個々人がくりかえし選択する判断によりそい、その背後にのぞく風景の遠近感で世界の奥行きを構図として表現する。
 実機をつかった空中戦はすばらしく、機体のかたむきや遠心力にあわせて水平線が縦になる構図や、戦闘機のコクピットから見える敵機の小ささなど、宮崎駿作品のような見事な映像を実写で楽しませてくれた。


 実際に起きている出来事は簡素だが、時系列を前後させて情報をけずることで密度と緊迫感を高める手法は初期代表作『メメント』と同じか。
 脱出のために待機しつづけ後退をくりかえした兵士たち、船長は迷わず前進しながら周囲は葛藤する民間船、燃料が足りないなかで時間のすべてを支援につかったパイロット……三者三様に流れる時間をかさねあわせ、さまざまな接点ができる瞬間が心地よい。複雑なパズルではないが、簡単なクイズを解くくらいのカタルシスはある。
 状況は遅々として進まないし、成功したと思えば破綻するが、近い場所でさまざまな危機をビジュアルで表現して、救援を待つ人間同士の助けあいも足の引っぱりあいも描かれて、状況そのものを楽しませるアトラクション映画としてはよくできている。助けあうべき関係が疑心暗鬼から衝突にいたったり、ちょっとしたトリックを応用した真相が開示されたりして、大規模なクローズドサークルを舞台としたサスペンスのような印象もあった。
 陸海空の視点をかさねあわせながら、限界まで要素を削った作品でもある。まったくといっていいほどドイツ軍は姿を見せないので戦争映画というより災害映画のようだし、黒人兵士も序盤の桟橋にひとり見えるくらいで主体的に動く存在にはならない。戦争映画の通例とはいえ女性も脱出のための艦船に少数いるくらい。しかし英国は自国軍だけ脱出させるだろうという仏軍の懸念がひとつのドラマをつくりだし、カメラフレームの外にもさまざまな人間模様がひろがっていることを感じさせるので、致命的な問題ではないと思った。この作品に対して、描いていないさまざまな要素を指摘することは、批判でありつつ補完としての意味がある。