法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ラーゲリ〈収容所から来た遺書〉』河井克夫著

 辺見じゅんが1992年に書いたシベリア抑留のノンフィクションを、河井克夫が漫画化。2021年から文春オンラインで連載され、2022年に単行本としてまとめられた。

 時期的に映画『ラーゲリより愛を込めて』*1の公開にあわせたのかもしれないが、独立した漫画作品として完成されている。簡素な作画で寒々しい抑留生活をたんたんと描いて、山本幡男という風変わりな男が文化の力で状況に抵抗した顛末を描いた。


 山本は数奇な運命をたどった。元社会主義者ゆえにロシア語が堪能で、結果として満州調査部に入ったことで罪が重くなり、抑留が長引く。抑留者としてはロシア語を活用してソ連と交渉したり、文化人として収容所内の日本語メディアを手がけたり、ソ連に隠れて句会をもよおしたりする。
 その句会の開催方法や、山本が望みをたくした4人の脱走、そして題名にもなっている遺書を日本へとどける方法など、予想外にトリッキーな収容所サスペンスとして完成度が高い。
 念のため、あくまで侵略国側の視点なのに自覚的な描写がほとんどないので、手放しで娯楽作品としてあつかうことは難しい。しかし先述したように社会主義に理想をもっていた人物が主人公であり、保守的な国粋主義は見られない。ソ連の横暴への批判はあるが、敗戦について被害者意識をもっているわけでもない。環境改善をうったえるストライキが効果をあげる場面まである。それゆえの読みやすさはあった。


 ちなみにカメオ出演のように瀬島龍三が登場したりもする。参院議員の高良とみによる視察に対して人道的な収容所のように偽装されたエピソードも、ソ連が視察をうけいれたこと自体が帰国の可能性が高まった傍証として歓迎されたところが興味深かった。