法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『スターリングラード 史上最大の市街戦』

 2011年3月、東日本大震災により日本の一都市が壊滅し、各国から救助隊が派遣された。ロシアからの救助隊が、瓦礫に埋まったドイツ人を発見して、救助がすすむまで意識がとぎれないよう話しかける。それは1942年、スターリングラードにおける攻防戦の記憶だった……


 2013年のロシア映画第二次世界大戦スターリングラード戦を一部隊の拠点防衛作戦として描いて、ロシア国内で空前の興行収入をあげた。

 しかしVFXと巨大セットで日本の大地震を再現しながらはじまる冒頭に面食らう。予算をかけて東日本大震災を一部でも映画化した最初の作品がロシアによるものだとは。
 ソニーピクチャーズが配給している作品のためだろうか。日本らしさは弱いし津波の被害は感じられないものの、看板の日本語で明らかな間違いはなかった。


 回想として描かれる本編は、ヴォルガ川からスターリングラードへの渡河作戦からはじまるオーソドックスな戦争映画。ドイツ軍のとっさの反撃で、奇襲したソ連軍が火だるまになりながら、そのまま突撃する描写が悪夢めいている。
 しかし川に板をわたしてキリストのように水面を兵士が歩いたり、炎を身にまとった兵士が闇夜をすすむ描写はロシア映画らしい観念的演出と思いきや、上陸作戦の被害を印象づける演出としてあつかわれる。そこから上陸のために必要な拠点を確保するため、主人公部隊が建物を死守する状況がはじまる。
 広大な噴水広場をとりかこむように当時の建物を3階建以上まで実際につくった超巨大なオープンセットは見ごたえある。短く映るだけの廃墟の室内で壁一面に蝶の標本が飾られていたりする美術の作りこみもすさまじい。兵士や民衆のエキストラの人数も多く、きちんと汚した衣装もそれらしい。
 カラーグレーディングをかなりいじって実物セットなのにゲーム映像のように感じさせたり、スローモーションを多用したアクション演出が古かったりはするが、予算不足を感じるところはなかった。
 噴水広場を中心としたオープンセットは、対面の建物にドイツ軍とソ連軍がいすわりながら戦いが膠着し、戦時下で日常を兵士と民間人がおくる舞台としてつかわれる。位置関係の説明描写は少ないが、拠点攻防という作戦目標が明確なため見ていて混乱しない。
 ドイツ軍もソ連軍も補給が足りない状況で膠着しているが、定期的に戦闘描写があって、最後には戦車をもちこんでカタストロフがおとずれ、予算をつかった戦争映画としては充分な出来だった。


 予想外だったのが、愛国プロパガンダ映画にしては全体として兵士の倫理観の水準が低いこと。しかも驚くことに、その倫理観の低さが意識的らしい。
 主人公からして、戦闘に参加したがらず茶化してくる別部隊の兵士を序盤で撃ち殺す。いかにもソ連軍のイメージらしい督戦描写で、劇中では特に非難されないが、少なくとも制作側は全肯定すべきとは考えていないらしく、映像ソフト特典のメイキングで演じる俳優は複雑な評価をしている。
 主人公のライバルになりそうなドイツ軍の若い将校にいたっては、紳士なように見せながら行動原理が性欲。ドイツ軍がユダヤ人たちを銃殺する局面で助けようとするのも、自分が性交相手に選んでいた女性ひとりだけ。戦場から目をそらすようにその女性を凌辱して、ユダヤ虐殺を主導した上官があきれはてる。虐殺者に共感できるってよっぽどだぞ?! それ以降も行動基準が性欲の満足不満足で唖然とする。さすがに近年の映画だけあって凌辱される女が男を愛していく展開はギリギリ回避しているが、それゆえフォローしようがない。
 もちろん戦場なりに善意で動こうとする兵士もいるし、独断専行が味わい深い部下もいるし、ひとりの民間人女性を部隊が守ろうとしていくドラマではあるのだが、プロパガンダにしては味方に人道性が欠けている。そういう意味で、戦場を理不尽に描きった味わい深さもあったのだが、しかしこれは被災者を勇気づける良い話としては無理があるのではないだろうか……