法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『エアフォース・ワン』

ソ連崩壊後、ロシアの協力をえた米国は特殊部隊をつかってカザフスタンの独裁者を逮捕する。そしてモスクワのパーティーにまねかれた米国大統領は、原稿を無視してテロとの徹底的な戦いを宣言する。
しかし大統領搭乗機すなわちエアフォース・ワンの専用機で帰国する途中で、ひとりのシークレットサービスが裏切り、取材クルーに偽装していたテロリストがハイジャックをはじめた……


ダイ・ハード』の舞台を旅客機におきかえたような1997年の米国映画。ドイツ出身のウォルフガング・ペーターゼンが監督をつとめ、単身で反撃する大統領をハリソン・フォードが演じた。

現在に見ると、びっくりするほど反共産主義*1と好戦主義に満ちた作品。
2001年の911まではテロが美化されていたというクリシェがあるが、その数年前の映画の時点で米国はテロに数十年屈してこなかったという自認が語られるし、大統領個人がテロとの全面戦争を勝手に宣言して正論のようにあつかわれる。


あまりに好戦的すぎて、サスペンスドラマとしての説得力もなくなっている。
特に意味不明な行為が発端にあり、それが物語の根幹になってしまっている。事件当初にせっかく大統領は護衛に脱出カプセルまで移動させてもらいながら、こっそり機内に残ってハイジャック犯への反撃をはじめてしまうのだ。一応、他の乗客はすべて殺すか人質にしたハイジャック犯が大統領はもういないと思いこみ、フリーハンドで大統領が反撃できる展開につながるわけだが、それでも国家のためなら普通に脱出するべきだったろうとしか思えない。
せめて傷ついた子供などを優先してカプセルに入れたとか、カプセルに入る隙を見つけられず次善の策としてカプセルを偽装工作につかったとか、同じ展開でも説得力を増す段取りを入れられたはず。おそらくハリソン・フォードが活躍することを前提に観客が鑑賞するという想定で物語を構成したため、俳優に思い入れの少ない観客へ納得させる描写が足りないのだ。
しかも大統領は毅然とした態度を宣言して他国に要求しながら、しばしば何よりも家族を優先して、終盤にはテロリストの要求をいったん飲んでしまうことも首をかしげる。保守派は普遍的な正義どころか国家を愛しているわけではなく、実際は身内を優先して対立者の排除にためらわないだけなことを、おそらく制作者は意図せず表現してしまっている。
監督の出身地であるためかドイツは少し出番があるが、米国がほとんど単独で解決する展開も好きではない。せめて終盤の空中戦くらい米軍にロシア軍も助力して、戦闘機が共闘するような見せ場にできなかったものか。


映像面では、リアルな機内セットをいっぱいにつかったアクションは当時なりに悪くないし、ミニチュアをつかった飛行シーンや空中戦は現在にBlu-rayで視聴しても問題ない。たださすがにアクションは動きが遅いし、ところどころ気の抜けたカットも散見されることが残念。最後の搭乗口で落胆する男など、全体的にくっきり見せすぎている。
たぶん監督がCG技術の限界を理解できずに活用しすぎたのが良くない*2。特にクライマックスで、発展途上の3DCGで着水するシーンは時代を考慮しても唖然とする。横から映すカットはまだいいが、正面からはどうしようもない薄っぺらさ。スティーブン・スピルバーグ監督やジェームズ・キャメロン監督なら技術不足と思えばカット割りなどでごまかしただろう。せっかく大きなミニチュアをつくっているのだから、着水後シーンだけをオープンセットで撮影するなどして、魅力的に見せる方法もあったはず。

*1:そうした台詞は少しあるだけだが、非共産型のまま全体主義化したロシアが隣国に侵攻をつづける現在からすると、何よりも共産化への恐怖ばかり重視しているところに皮肉を感じる。

*2:約十年後の『ポセイドン』は3DCG技術が演出の要求にこたえられていたが、逆に映像のこだわりは薄くなっていた。 hokke-ookami.hatenablog.com