法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『シン・仮面ライダー』

 ふたり乗りで山道を走るバイクと、それを追う巨大トラックがあった。はげしいチェイスと爆発のなかでバイクから女性が投げ出され、その前にクモのような姿の怪人があらわれた。その怪人クモオーグと、女性を守るバッタオーグの戦いがはじまる……


 2023年3月に公開された日本映画。初代の『仮面ライダー』を主軸としつつ石森章太郎作品のエッセンスを混ぜたリメイクで、庵野秀明が脚本と監督だけでなくコンセプトデザインなどを兼任した。

 いかにも古い東映特撮のようなミニチュアらしくもリアリティがしっかりある特撮は良かったし、3DCGのサイクロン変形なども近年の東映特撮ヒーローを発展させたような技術で楽しい。日本映画の水準でもアクションやVFXが最先端とはいえないが、近年のニチアサ特撮やその劇場版よりは全面的にハイレベルなので問題なく視聴できた。怪人が白い泡になって消える描写を原典から引いて、ちゃんと説得力ある設定を語って、死のむなしさを描く表現としても効果的だったところは素晴らしかった。
 しかしアクションシーンはところどころ必要な絵が欠けている。冒頭のカーチェイスからして、パトカーが突如として巨大トラックにひっかかっているように見えて意味がわからなかった。直前の空撮ロングショットをよく見ると道路の途中にパトカーがバリケードをはっているようだが、ちいさく風景にとけこむような色彩なので見えづらい。以降のアクションシーンも全体的に位置関係や動きを説明するためのミドルショットが足りないし、移動描写もなく戦闘員がとつぜん整列しているところも面食らう。
 風景はうつくしく印象的に切りとっているし、いい顔の俳優をそろえているので最後まで映像を楽しむことはできたが、テンポが悪くなってもいいから追加撮影したディレクターズカットを見たいと思った。


 物語は大半が怪人同士の仮面劇なので、『シン・ウルトラマン*1とちがって庵野脚本らしい不自然な台詞回しも受けいれやすい。俳優が棒立ちで淡々としゃべる場面が目立つが、逆に朗読劇のような雰囲気をつくりだして、奇妙な口癖も意外となじむ。
 設定は良くも悪くも意外とマニアックではない。主人公がバッタなことには特に説明らしい説明がなく、イナゴなどの災厄の象徴という伝説に言及するのみ。風車をつかった変身もプラーナというオカルト系統の説明がつけられている。先述した泡になる死体は良かったのに、原典をうまく活用している部分とそうでない部分の温度差がはげしい。庵野秀明の実写映画における出世作シン・ゴジラ*2神山健治脚本を叩き台としたように、もっと多くのアイデアマンをあつめてディスカッションしたほうが細部の考証も良くなったのでは、と思った。
 また、本郷猛が主人公のようでいて、ストーリーの大半を緑川ルリ子にもとめられて戦うばかりで、あまり主体的に動かない。さすがに終盤はヒーロー性を継承するが、そのヒーロー性はさらに別人に継承されるので*3仮面ライダーが物語の大半で蚊帳の外なのはどうかと思った。


 そうして社会に対するマクロな戦いのように見せて家族の意見衝突でしかないミクロな物語として終わったことに、紀里谷和明監督による映画『CASSHERN』を思い出す。比べると、庵野監督は社会に向きあって訴えたいことがないのだな、と思ってしまう。手に負えないメッセージをこめて作品が破綻するよりはいいのかもしれないが……
 あと、先述のように朗読劇めいた雰囲気のおかげで庵野脚本らしい台詞回しは実写なのに違和感が少なかったが、「幸せ」と「辛い」にまつわる話はさすがに気恥ずかしかった。武田鉄矢というかツイッター自己啓発というか……
 同じシリーズ初代リメイクでも『仮面ライダー THE FIRST*4よりは圧倒的に良かったし、他の監督に現場をまかせた直前の『シン・ウルトラマン』よりも悪くなかったのだが、もう少し作りこんで粗をなくせばもっと良くなったのでは、と感じた。

*1:hokke-ookami.hatenablog.com

*2:hokke-ookami.hatenablog.com

*3:ここは原作漫画版へのオマージュではある。

*4:hokke-ookami.hatenablog.com