法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

日本軍による性暴力の被害者は「身体女性」だけではない

 ツイッターでトランス差別を批判している哲学者の能川元一氏に対して、トランス女性を男性視しつつ日本軍慰安所制度の被害者にいたかどうか問いつめるツイートがあった。


別に「男が女になった」わけじゃないから。女性が女性であることを認めろ、と言われているだけ。


その人たちは戦時中なら性奴隷として連れ去られるの?
戦時性奴隷にされた人たちは女性だから被害に遭ったんだぞ。一人でも男がいたのかよ。
答えろよ。何十回聞いても逃げる卑怯者。
二度と戦時性奴隷に関わるな。


一体なにを根拠にトランス女性が被害者の中にいなかったと断言しているわけ?

 能川氏は右派を研究対象としていて『海を渡る「慰安婦」問題』などの共著もあり、その知見を期待しての質問であればいいのだが、そのような意図は読みとれない。

「女性だから被害に遭った」という主張から、被害者が「身体女性」*1に限られていると主張し、その言質を能川氏からとりたいようだ。
 以降は、可能性がないと断言する側が立証する必要があると能川氏はつきはなし、トランス女性の性被害の可能性を否定するような反発が殺到している。


 対話しても徒労に終わると能川氏は過去の経験から考えているのだろう。ただ、日本軍の性暴力の被害者に「男性」がふくまれていたことは史実と考えられる。
 たとえばアジア女性基金が2003年におこなった会合の報告書に「男性の被害者」という章があり*2、オランダ人の「少年」の被害者が4人いたことが指摘されている。
https://www.awf.or.jp/pdf/0181.pdf

事業実施委員会は 4 名の男性を事業対象者と認めた。彼らは第二次世界大戦中の 8 歳から 10 歳の少年だった頃、日本軍の軍人らから脅され、自分たちの意思に反して非道に組織的に性的虐待やレイプを受けたためであり、これは「慰安婦」にされた女性たちの状況となんら変わらないものである。

3 人の男性は結婚し子どもをもうけたが、少年時代のこの恐ろしい記憶は妻には話せなかった。また話してもごく簡単に話すだけだった。

 拘束性や継続性などから日本軍慰安所制度と同じ枠組みの被害と報告書は位置づけている。虐待が「同性愛的」であることをもって「自然の性に反している」と評価しているところなどで報告書にも疑問はあるが、日本軍の戦時性奴隷に「男性」の被害者もいたことはわかる。
 そもそも日本軍にかぎらず、戦争や軍隊における性暴力ではしばしば男性も被害者となってきた。閉鎖環境や支配関係において性欲の処理や権力の誇示が目的であれば、対象を異性にかぎる必要はないのだ。
米軍での性的暴行に声を上げる「男性」被害者 その数はなんと1万人に上る | The New York Times | 東洋経済オンライン

軍隊で性的暴行の被害に遭う確率は女性のほうがずっと高く、男性の7倍だ。だが、軍隊には男性のほうが圧倒的に多いため、近年では女性と男性の性的暴行の被害者数はほぼ同数で、国防総省の統計によると、年間でそれぞれ約1万人だ。また、女性が軍隊にフルに参加できるようになる前は、被害者の大半が男性だった。

 そうでなくてもトランス女性や異性装男性がしばしば性産業に従事した歴史を考えれば、トランス女性も日本軍の犠牲になった可能性を頭から否定することこそ難しい。
 あえて一般論を確認するが、性暴力は同性間でおこなわれることもあるし、性的魅力が否定されがちな立場でも被害者になることがある。偏見を捨てれば、同じようにトランス女性も被害者になりうることに思いいたれないだろうか。

*1:出生時に女性がわりあてられた人々を指す言葉のようだが、「女性」からトランス女性を排除してトランス男性をふくめるためにつかわれている。カギカッコにくくっているようにあくまで引用だが、「身体男性」もふくめて、トランス差別的な文脈で多用される表現であることに注意。

*2:ノンブル46頁。