法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『パージ』

 治安も経済もたちなおったとされる米国で、無数の凶悪犯罪がおこなわれているが誰も助けにこない。それは米国の新たな統治者が、一年に一度だけ警察も消防も停止して暴力的な犯罪を許すパージ法政策の光景だった。
 パージで自衛するためのセキュリティ営業で成功したサンディン家は、2022年の一夜をやりすごすため完全防備の豪邸に閉じこもっていた。しかし助けを求める黒人の声を聞き……


 2013年の米国映画。低予算ホラーの製作で知られるブラムハウスの初期作品で、興行的に大成功してシリーズ化された。

 劇中で語られる「ロックダウン」がまったく異なるかたちで2021年から全世界的にはじまり、同じように弱者が切り捨てられていくとは誰も思わなかったろう。


 85分間という1時間に満たない尺のため、アバンタイトルはパージ法のニュース風映像が流れるだけで、本編に入ってからはパージの夜を直前にした主人公一家の生活からいきなり導入。
 登場人物の設定はあまり解説しない。たとえばメイキングによると黒人男性はホームレスになる以前は軍人だったという設定だが、最後まで明確には描写されない*1。主人公一家もふくめて日常の行動で断片的に暗示するだけで一気に恐怖の一夜に移行する。
 ディストピア設定は『バトルロワイアル』のようにデスゲームの背景でしかないが、そこから始まるホームインベーションホラーは完成度が高く*2、サスペンスフルなだけではない寓話性もこめられている。トロッコ問題のような究極の選択を主人公一家はくりかえし選び、必ずしも良心を発揮した行動に良い結果が返ってくるわけではない。それでも愚かで尊い選択を決めていく場面には予想以上の感動があった。
 誰もが暴力を自由にふるえることは、どのような人種も階級も対等に戦うことにはならない。より良い武装や防備を用意できる富裕層ほど有利になる。形式的な自由が格差を拡大する。パージ法に応じた商売で富裕層となった主人公一家は、そもそもパージの一夜よりも前に選択をしていたのだし、その選択の応報が映画で描かれたわけだ。


 ただ、すでにパージ法が定着した社会で主人公一家の妻の言動はさすがに疑問をおぼえた。いくらこれまでは外界を遮断してやりすごしていからといって、もはや現実とは異なる価値観をもっていることをうかがわせる台詞を挿入できなかったか。もしくはパージ法のある米国へセキュリティグッズを輸出していた外国から一等地に移住してきて、初めてパージの一夜を実体験する、みたいな設定にするとか。
 それに武装には上限があるとしても、邸宅に押しいるため重機をつかえるなら、ほとんど制約なく殺人も強盗も可能になるのではないか。ここは見ているあいだは気にならなかったが、重機会社の株価があがったというエンディングのニュース音声を聞くと、主人公一家のまわりだけ特異的に使用されたわけでもなさそうだ。
 風刺のために設定がつくられているところは『ゲット・アウト』に通じるが*3、その世界において特異なほど主人公を善良にふるまわせたいなら、その場所における異物として配置したほうが整合性を出しやすい。

*1:貧しい黒人がそれなりに戦える理由づけであると同時に、おそらくパージ法が作中で語られる経済効果などなく社会の不満を弱者にそらさせる効果しかないことを意味している。

*2:せっかく襲撃犯が仮面をつけている集団なのに、仮面をつかって敵にまぎれこむネタをやらないのは残念だったが。

*3:hokke-ookami.hatenablog.com 白人の妻に家族を紹介された監督の実体験から『ゲット・アウト』が生まれたように、1日だけ何をしても許されたいという家族の会話で『パージ』も生まれたという。