法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『NOPE/ノープ』

 映画撮影用の馬を飼育しつづけてきた黒人一家のヘイウッド家だが、ある日に空のどこかから落下してきた部品類が当たって父親が死んだ。実際の動物をつかわずともVFXで撮影できる現代、残された長男は馬を少しずつ手放していく。その手放した先の西部劇テーマパークの持ち主は、子供時代に動物撮影にまつわる恐怖を体験していた……


 ジョーダン・ピール監督による2022年の米国映画。映画の歴史から無視されていた黒人の存在と、撮影される動物の不思議な行動が、主体と客体を入れかえるなかで交錯するSFホラー映画。

 ネタバレ厳禁作品だが、どんでん返しで意外性を出すタイプの物語ではない。
 もちろんネタバレを見ずに視聴することで完全に楽しめるが、最後までネタバレされた状態で視聴しても問題なく楽しめるだろう。これはそういうアクションホラーだ。


 念のため、ひとつのジャンル作品とわかるまでは謎めいたホラーとしても完成度が高い。特に主人公の前に奇妙な小人があらわれる場面のカット割りの呼吸が素晴らしい。
 しかし、そのジャンルが明らかにされる場面はそれほど力をいれていない。そもそも後の描写でわかるが、主人公たちは物語の本筋がはじまる前からそのジャンルらしい出来事が起きていると考えている。時系列をいじり出来事を寸断することで観客からジャンルを隠しているだけ。
 そのジャンル作品のなかで設定に少しアレンジを入れているが、劇中で語られるように珍しいアイデアではない。見どころは、その設定によって映画における人間と脅威の関係性が明確化されること。映画の冒頭で描かれた過去の恐怖が、映画においてどのような位置づけなのか予測することは難しいし、その位置づけが明らかにされた時に皮肉なドラマとして完成する。


 かつてどんでん返しで話題となった映画監督が期待外れとされていった一時期の流れを、このジョーダン・ピール監督作品を見ていて思い出す。
 その映画監督はこの映画と同じジャンル作品において、たくみなホラー演出力をドブに捨てるように中途半端などんでん返しで物語の空気を台無しにした*1
 一方、この映画は脅威を打倒する小さな伏線をていねいにはって、ひとつひとつ回収していく。シリアスな流れのノイズにならないよう、バカバカしい空気になりかけると登場人物がちゃんとツッコミを入れて弛緩させ、クライマックスまでに緊張感を高めていった。

*1:ネタバレにならないよう、 リンク だけする。