法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『整形水』

 幼少時にバレエでいくつもの賞を受けた女性イェジは、肥満体の大人になった現在は芸能界でメイクの仕事をしている。性格の悪い芸能人や日常で出会う男性から体型も容貌もバカにされつづけたイェジは、肉体につけるだけで美しくなる「整形水」を入手するが……


 ウェブトゥーン『奇々怪々』の整形エピソードを原作とする、2020年の韓国映画。トゥーンシェードされた3DCGキャラクターをメインに、変容する肉体やモブキャラクターを手描き作画で表現した。

 LINEマンガの原作は未読だが、近い題材として日本の漫画を韓国で実写映画化した『カンナさん大成功です!』*1を視聴して説得力ある画面に感心したことはある。
 だからこそ視聴する前は韓国の技術力を活用できる実写を選ばなかったことが不思議だった。せめて韓国で独自進化をしている3DCGアニメとしてフォトリアルな表現を選べば、トゥーンシェードを進歩させてきた日本のTVアニメとくらべて稚拙さが出ることはなかったろう。
 表現が近い韓国の長編3DCGアニメとして『ソウル・ステーション/パンデミック*2を視聴したことがあるが、技術力そのものは高くないが都市部を逃げまどうカメラワークのため平面的な手描きではなく3DCGをつかう意味はあったし、無機質なCGキャラクターが物理演算で動くさまをゾンビ表現に活用する良さもあった。


 実際に視聴すると、やはり大半のキャラクター描写が人形のようにかたくてつまらない映像だった。
 小汚く見せたいだろう主人公の部屋が殺風景にすら見えることも痛い。ポテトチップスが曲げたプラスチック板のような質感で、やはり油の汚さを表現できていない。もともと背景は手描きなのだから簡素なキャラクターを補うよう細部まで描きこむべきだろうし、食べ物はフォトリアルなCGにすべきだろう。
 そのように最後まで3DCGのクオリティは低いままだったが、実写を選ばなかった理由は見当がついた。この物語に登場する「整形水」は飲めば美しくなれる薬などではなく、体をひたして柔らかくさせて肉をちぎったり整えたりして美しくする。そこでちぎった贅肉の断面は赤い筋肉が生々しい。全裸になって乳首を見せるようなシーンもいくつかある。この表現を実写化するとPG12のレーティングにおさまらないだろう。
 肉体を「整形」したり失敗して醜くなった描写では手描き作画が多用され、整って変化のない3DCGキャラクターと対比的に印象づける。特に素晴らしいのが崩壊する肉体で、特に技術的に素晴らしい作画というわけではなくとも、ていねいに枚数をかけて動かしているのでアニメーションとして楽しい。CGモデルが用意されていない出番の少ないキャラクターも手描き作画で、必要に応じて美しくも醜くも描かれている。


 物語はオムニバスホラーの1エピソードくらいの内容で、宣伝文句ほど社会派な風刺ドラマというわけではない。女性向け漫画によくある整形手術テーマというより、あくまで『世にも奇妙な物語』のような超常設定がからむサスペンス。オムニバスTVアニメ『週刊ストーリーランド』にも酷似したエピソードがあった。
 最後まで前例がありそうな内容ではあるし、メインキャラクターはルッキズムにとらわれたままで相対化する視点がいっさいない。たぶん制作者もジェンダーや階級社会についてまともに考えていない。しかしここが結末で良いだろうと思う場面からも新たな展開を見せていくので、ホラーとしてネタを転がしていった結果として深読みできる余地はある。
 主人公の性格が良くないおかげで説教くさくない。そのまま最後まで教訓的なメッセージ性は明確に出さず、ただただホラーとしてオチをつけた。ルッキズムの枠組みにとらわれた人々が最終的に女性という枠組みからも解放されていくことが、あくまで暴力的な恐怖として描かれていった。
 ただ、さすがに最後の姿は神経がどうなっているのかと思った。整形水は超常的な設定といっても肉体を捨てたり盛ったりするだけであり、むしろ人体を物質としてとらえることで成立している。それがパーツ単位で意識があるかのように描写されてはリアリティレベルが変わりすぎる。結末は形状が維持されただけの肉片として、一方的に美しさを愛でられつづける描写で良かったと思うのだが。

*1:hokke-ookami.hatenablog.com

*2:実写映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』の前日譚であり、両方を監督したヨン・サンホはもともとアニメ作家。 hokke-ookami.hatenablog.com