法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ゲット・アウト』

カメラマンの黒人青年クリスが、恋人の白人ローズに田舎の両親を紹介される。両親は裕福な白人だが、オバマ大統領を支持するリベラルだという。
ローズ家で黒人が下働きしていることにクリスは引っかかるが、やがて別の違和感をおぼえていく。そしてローズ母から催眠療法を受けたクリスは……


オリジナルホラーとしてスマッシュヒットした2017年の米国映画。これが初監督作品になるジョーダン・ピールはもともとコメディアンという。

ネタバレ厳禁な作品だが、どこかで物語の根幹となるアイデアを目にしてしまい、どうしても目的などに見当がついた状態で視聴した*1
そのため残念なことに、何が起きているのかわからない不安感はもてなかったし、真相が明らかになった時の爽快感もなかった。伏線のていねいさや、誤った真相への誘導といった語り口のたくみさは理解できたが、何も知らずに見ても真相に虚構なりの説得力を感じられたかはわからない。


とりあえず物語の構造としては、遠く離れた地で異なる論理に恐怖するホラー映画の定番。その旅先が一見すると古き良き豊かな田舎なところが作品の個性であり、その風景が黒人の搾取で成立していることが現実を誇張した風刺になっている。
虚構でしかありえないホラー展開をささえる日常描写も、よくリアリティが出せている。初めて行った恋人の実家で値踏みされる居心地の悪さも、珍しい人として人々に披露される見世物感覚も、ホラーの助走にとどまらない不快感があった。そうして居場所がない普遍的な感覚になぞらえるように、表面的には偏見を捨てた社会の構造的な圧迫感を実感させる。
主人公が写真家という設定もきちんと活用して、日常場面で周囲から距離をとって観察する口実につかわれたり、ホラー映画らしく真相に近づく小道具としても利用される。もちろん視覚を物質化する技術だからこそ、外見によって差別される人種問題をあつかった物語にもよくなじむ。
暗闇で遠くから何者かがまっすぐ向かってくるホラー演出も、ちょっと定番からずらした使いかたをしていて楽しい。笑わせるパロディというわけではなく、物語の流れにそった描写として自然に入れて、それで新鮮味が出ている。
あえて当初の構想から変えたらしい結末も、さりげない会話の流れで設定を印象づけられていたから、視覚的な描写ひとつで状況が理解できて切れ味がいい。社会派テーマを強烈に感じさせつつ、娯楽的なホラーとしてまとまりが良く、たしかに傑作だとは思えた。

*1:プロデューサーが監督をつとめたメインスタッフの最新作『アンテベラム』の評価が高いらしく、よりネタバレ厳禁な内容らしいので、今度こそ先入観なく機会をつくって視聴したい。予告情報を見ると、『風と共に去りぬ』で踏み台にされた黒人たちの視点ということが後半で判明するような作品かと予想したが、よりホラー映画らしい設定らしいのでそれはないか。 www.youtube.com