法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『グリーンブック』

1962年のニューヨーク。イタリア系の用心棒トニー・リップは、つとめていた高級クラブの休店にともない、ドクター・シャーリーという黒人の運転手になる。
ドクターは博士号をもつほどインテリなピアニストで、仲間とともに米国南部の演奏旅行をおこなおうとしていた。そこは根強く黒人差別の残る地域で……


後に俳優となった荒くれ者と名音楽家の南部強行軍を、トニーの息子ニック・ヴァレロンガの製作脚本で2018年に映画化。アカデミー賞などの多くの映画賞に輝いた。

グリーンブック(字幕版)

グリーンブック(字幕版)

  • 発売日: 2019/10/02
  • メディア: Prime Video

1960年代の米国を舞台とした芸能物として楽しい作品ではあった。さりげなくも緻密に当時を再現したセットやVFXを背景に、せまい自動車内のかけあいをとおして、さまざまな人種差別のあらわれを描いていく。
違う階層で育った人間が出会い、衝突しながら関係を深めていく展開までは古典的。そこに黒人が大統領と関係があるくらい社会的な成功者で、対する白人が米国では半黒人としてあつかわれるイタリア系という逆転で変化をつける。
フライドチキンを黒人が好むという偏見に困るシャーリーと、フライドチキンを乱暴に食べても差別はされないトニー。シャーリーの高名は、招待する白人の教養を宣伝する踏み台でしかない。黒人を敵視するように逮捕する警察の、現在のBLM運動につながる問題も映される。
人違いで取り押さえられ骨折、黒人男性が警察を提訴 米ジョージア - BBCニュース
南部ですらピアニストとして歓迎されて特別あつかいされても、それらはシャーリーの視点では差別でしかないことがはっきりわかる。過去の成功者の苦渋として描くことで物語に入りこみやすく、いくらか人種差別が緩和された現在でも問題がつづいていることが実感しやすい。


しかし、アカデミー賞などでの高すぎる評価をスパイク・リー監督らが批判した意味も理解できてしまう作品でもあった。
「グリーンブック」の作品賞受賞に異論噴出 米アカデミー賞 - BBCニュース
黒人を助ける白人の視点で描かれる映画の基本構造そのものは、ふたりが南部を旅した1962年に公開された『アラバマ物語』と変わらない。先述のように立場の変化はつけているものの、めぐまれた立場をおりて危険な南部を縦断したシャーリーの主体性は間接的に描かれただけ。
トニーがシャーリーと仲良くなって家族に紹介する幸福な結末も、はげしく現在もりあがっているBLM運動と比べれば、別世界の出来事と感じられてしまう。娯楽映画としては後味の良さが求められることもわかるが、それゆえ良くも悪くも現実から遠ざかっていく*1
仮に、いじめられている同級生と仲良くなった少年が、それを作文で発表して学校で賞賛をあびたとする。それは良いことだとは思う。しかし、いじめがその時もつづいていれば話は違ってくるだろう。あえていえば、ヒーロー誕生の踏み台にされた同級生が、わだかまりをもっても不思議ではない。
この物語にハッピーエンドはまだ早い。

*1:実際、シャーリー側の関係者によると、映画ほどトニーとの関係性は深いものではなかったという。紹介したBBC記事でも「シャーリーとヴァレロンガの関係を誇張しすぎだと批判した」と言及されている。