法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『百日紅〜Miss HOKUSAI〜』

お栄という女性が江戸時代の終わりにいた。葛飾北斎という巨匠を父に持ち、その生活を手助けしながら、自身も浮世絵師として立派な技術をもっていた。
父の弟子や盲目の妹とともに江戸の街で生きながら、お栄は小手先の技術だけではない大切なものを知っていく……


杉浦日向子原作を原恵一監督がアニメ化し、2015年に公開された。制作会社はProductionI.G。
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主人公を正面からとらえつつ、やや俯瞰したコンテで、江戸に生きる人々の姿を映していく。映画館で観られなかったことを残念に思う、堂々たる映画作品。気がひけたこともあって先日の「アニ軽10」エントリ*1には入れなかった。
特色は、やはりアニメでしか表現しえない作品になっているところ。それも登場人物が妖怪のたぐいを見たり、風景が北斎風の背景に変わるといった、絵と現を行き来する演出だけではない。盲目の妹が感じる世界を表現しえたのは、手で描かれた絵の誇張があってこそ。
特に雪が崩れる場面が出色だ。漫画では動きを描けず、実写では見えるように撮影できず、3DCGではつくりものに見えてしまうだろう。セルアニメらしく塗りわけた影と、日本のアニメが進化させてきたリアルな動きが、ささやかな自然の手触りを見事に写しとった。


手触りある自然と、生き生きとした江戸を描こうとしたためだろうか。この作品は原恵一監督作品では珍しく、作画アニメのおもむきがある。
もちろん3DCGも各所で活用されているが、見せ場につかうのは、手描き背景を立体的に動かす補佐としてだけ。最近では珍しく群衆の多くを手描きで作画し、ひとりひとり異なる芝居をつけ、それぞれの人格と人生を感じさせる。
CGで質感を出しつつ手描きで波紋を描いた水面の美しさ、江戸の華たる火事で崩れゆく家、それぞれ絵師たる主人公が見ようと思うだけの情景をつくりあげている。
そして終盤の、フィクションでしか描けない家族の風景。思いをこめて駆け出す主人公、その姿を映すカメラワークは、硬く計算された3DCGではなく、つかいまわさず力をこめた手描きの背景動画がもちいられている。


技術をもって自立した女性を、江戸時代を舞台にして描いた物語も、原作のとおりだとしても素直に良かった。ゆるやかな日々をつみかさねるばかりで、どこにも意外な展開はないのだが、最後まで飽きることなく見ていられた。
芸術の位置づけについては、それに人生をささげるという類型ではなく、つたない人生であっても芸術に反映されていくというもの。完全な家族だけを賞揚するのではなく、不完全な人生でも肯定しようとする。だから江戸時代の光を中心にしながら、影があることを示唆できて、その影に住まざるをえない人々を否定もしない。