法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『機動戦士ガンダム 水星の魔女』第17話 大切なもの

 母親にスレッタの心が支配されていることにミオリネは苦慮する。一方、上の指示で追いつめられたエラン5号がスレッタと急いで距離をつめようとして、帰還したグエルにはばまれる。そしてグエルはスレッタに対して成長したふるまいを見せたことで、それを聞いていたミオリネは一計を案じる……


 グエルの帰還やエラン5号の暴走がピタゴラスイッチのように事態を動かしていく物語構成が楽しい。いつも以上に権力者によって子供たちが支配され傷つけあう痛々しさはあるが、制約のなかでのせいいっぱいの善意や反抗がひとつの結果にたどりついたことは間違いない。
 トロフィーあつかいされたミオリネが主体的に行動する人格と立場をもち、トロフィーを獲得する立場だったはずのスレッタを救おうとする……スレッタこそが母と嫁がうばいあうトロフィーとなったことを示すアバンタイトルがおもしろい。そこからトロフィーという立場が降りさせるため投げ捨てる思い切りの良さがたまらない。グエルがスレッタを獲得することをあきらめたことから、投げ捨てるためグエルと協力できると思いつく。最終的に関係する全員が相手のために行動しようとして自他を傷つけていく。
 ここで相手のために相手を傷つける手段を選ぶミオリネは嫌っていた父親そっくりだが、さすがに父親と違って言葉で説明する余裕がないこと、相手がはるかに大きな支配を受けていることは描かれている。今回のミオリネの行動は父親の行為を全肯定するためではなく、似ているところがあるからこそ改めて否定するために描かれたと思いたい。
 実際、意図せず父親を殺してしまったグエルの苦しみをあらためて描いて、その克服まで予想以上に時間をかけている。もちろんこれはキャラクターの連続性を表現するためだけでなく、ミオリネの共犯者として決闘することになったグエルの苦しい立場を感覚的に表現するためでもあろう。初めての決闘と同じようにモビルスーツの手を失いながら、今度はかわりの腕をつけて辛勝する変化も見ごたえあるアクション描写となっていた。